2012年1月25日 (水)

凹たれないでマイペースさ!

今日は「上咽頭がん」の定期診察日であった。

定期診察と云っても半年に一度の症状の変化や経過を頭頚科(耳鼻咽喉科)と放射線科の二人の主治医に報告するだけの事である。
(勿論、僕のその報告が本当に間違いないものかどうかについては鼻から内視鏡を通して診てはくれるが、実のところ10年に亘って一度も報告に誤りは無かったのだ。)

頭頚科 10:30 、 放射線科 11:00 の診察時間に遅れないように、車で自宅を8時半に出た。

自宅から病院までの所要時間は小1時間であるが、昨日の積雪の影響もあろうかと思って更に多少の余裕を持って出かけた。

心配していたスリップ事故始め雪害の影響も無く、車の流れは思いの他スムーズで病院には早く着きすぎてしまった。

早々に総合受付を済ませて、頭頚科受付の前にある待合コーナーで主治医の呼び出しアナウンスを待っていた。

事がスムーズに運んだのは道路事情だけではなかった。。。
驚いたことに診察を待つ患者の数がいつもより可なり減っている...半年の間に病院側或は患者側に何か対応の変化でもあったのだろうか、と余計な気を揉む。
交通事情を見越して日を改めた患者も多かったのかも知れないが・・・

頭頚科(の受付)は2階に在って、「乳腺外来・婦人科」と同じカウンターにある。
だからカウンター前に設置された待合ルームも相席なので何となくバツが悪いけれど、状況は良く分かる・・・空席が目立つ。

この分だと診察時間が早まるかも...と思っていたら...案の定、売店で買った新聞を広げる間もなく名前を呼ばれてしまった。

いつも、病院で過ごす時間は2時間以上が当たり前と踏んで出掛ける僕であるが...当てが外れて困ってしまう程であった。

と云うのも・・・

早いもので ココの「がん専門病院」に通い始めて、もう10年の歳月が流れたのであるが、がんが寛解現在はお世話になっていない腫瘍内科の主治医談)した後は再発も転移も一切何事も無く...だから変な云い方なのだが...病院にいる間は護られているという安心感があって、その意識がある以上、病院に身を置いている時間がとても楽しく、時に軽食を取りながらがん関連の書物に限らずリラックスして雑誌類にも目を通したりして、快適に過ごしていたのである。

そりゃ僕だって「がんは怖い」...だけどソイツが牙をむいていない間は、僕にとって病院は居心地の良い空間なのだ。

いま僕が気を使っているのは既に10年も顔を見せない癌ではなく、その後遺症とか副作用の症状一つ一つであって、結構これ等への気遣いには辛いものがあると云うのが正直なところなのだ。

辛い症状が10年間続いている後遺症もあれば、半年前には見なかった新たな後遺症もある。

同病者は皆 同じ悩みを抱えていると思うのだが、夜中に痰が切れなくて十分な睡眠が取れないまま不快な日中を過ごす事も多くなって来た。

それに加えて顎や舌の付け根が引きつったように動かなくなる症状が最近出て来るようになったのも、
痰を切ろうとしてガーッ、ガーツとばかりに顎や喉や舌下の周辺に無用なリキミや負担を掛けているに違いないのである。

当時 癌を撃退するための放射線治療はやむを得ない選択肢であったとは言え、自宅に居ても何処に居ても悶々として耐え抜かなければならない後遺症候群の事は具体的に知る由もなかった。

~~~今日の診察で放射線科の主治医に “こんな後遺症なんてあり得るのか?”って聞いてみた~~~

ボク:「せんせ、せんせ、僕は最近ですが舌の先で口元を左右まんべんなく動かしながら髭剃りしてると、舌が麻痺した状態になって動かなくなるんですぅ」

せんせ:「(舌のアチコチを触診したりファイバースコープで周囲を診たりしながら) “異状ありませんよ”」

ボク:「いや、だって、せんせ、今朝ここに来るときにも剃ったんだけどぉ...顎と舌とその周りが引きつって、お茶を飲もうとしても吸い込めない程だったよ」

~~~~~

・・・ そうそう。何年か前に、僕は主治医に助言されたことがあったっけ・・・sad

“Aさん、大きく口を動かす練習をしてください

あ ・ い ・ う ・ え・ お ・

(あっかん...)えー (と云いながら、舌を思いっきり...ち切れるんじゃないかと思うほど長~く出して...)

これだ! 上咽頭がん患者が放射線治療を受けた後の「口腔筋トレ」の基本・・・忘れていた。

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せんせ:「Aさん、治療始めて丁度10年ですね。 もう10年か。これからは6ヶ月に1回の診察ではなく、1年に1回の診察にしましょう。 。。次回はH25年1月30日です」

ボク「あ"~~、せんせ...だいじょう...? (僕は居るだけで心落ち着く大好きな病院から見放されたような気持ちになって悲しかった) (せんせ! あまりにも唐突とちゃうか?

頭頚科は(放射線科よりも診察が早かったので)従来通り半年後のH24年8月1日のようだが、いずれ同様に年に1回の診察になるだろう。

てつのつぶやき:

「嬉し」「悲し」の僕の心情であるが、やはり当面は「不安」が先行するかもしれない。

長らく安らぎの場所として慕ってきた病院から突然の三行半を渡されたような気分でいる。

ま、でも本来はこれが当たり前なのである。

心の「拠りどころ」とか「つっかえ棒」なんて・・・あれば有難いけれど無きゃ無いで済ます事も出来る・・・そんな強さが人には生まれながらに備わっているのだから。

人には「自然の治癒力」が備わっている。
その治癒力に夫々が持つ「マイペース」と云う調味料を少し加える事で病を吹き飛ばすパワーが生まれて来るものと信じている。

冬に久しぶりの雪が降って枝葉が覆われたとしても、春になれば...そこには、ちゃんと花が咲くのだから。

人も自然も、万物は全て同じ事だろうと考えるのである。

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↑ 昨日は今年初めての積雪で、一面の白い世界を見て童心に帰った僕の心は躍った。
冬は寒く、心も凍りついて沈みがちだが、雪が降ると状況がパッと変わってくるから雪のパワーは凄い。

やっぱり雪は妖精だ。

その妖精の力を得て木枝は「蘇芳(すおう)」になるのであろう。

↓ 雪の妖精は陽気みなぎる春の妖精に姿を変えて美事な花を咲かせるのである。

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このパワー ・・・ 僕にはある ・・・ あなたにも ・・・ lovely

~~~ なーんか今日は疲れた ~~~何を云わんとしているのか、自分にもさっぱり ・・・わからん ・・・ ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

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2012年1月21日 (土)

大寒にも臆せず

今日は大寒ですね。

200_4二十四節気の24番目、つまり今年最後の季節の変わり目を迎えました。

寒入りの小寒(1月5日)から立春前日(2月3日)の節分までの間、寒さが最も厳しくなるのがこの頃だと云われています。

僕はいつも感心するのですが、季節は必ずその時を忘れずに正確に巡って来るものなのですね。

今朝、「大寒」は約束通りの厳しい寒さを伴って我が家にも訪れて来ました。
それは...痩身の身には真に堪えるのですが...文字通り “骨身に沁みる”寒さでして、先日ユニクロで纏め買いしたヒートテックのタートルネックも役に立たない程なんです。

我が小庭の花たちも、寒さに震え上がっております。。。最近長期にわたって雨が降らなかったこともあってダメージは大きいようです。(気の毒で...映像アップは出来ません

でも この厳冬の中で、早朝から頑張って咲いている花木がありますので今日はこちらをご紹介しようと思います。

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万年青(オモト)の赤い実です。 ↓
実を付け始めて随分長くなりますが、これは枯れて勢いの無くなった古いオモトから株分けしたものが成長したもので、映像の左下に見えるゴツゴツした根っこが逞しく伸びています。

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↓ 蝋梅(ロウバイ)です。
昨年の12月頃から咲き始めて(満開の時期はとっくに過ぎましたが)蝋細工のような黄色い花を付けて甘い香りを放ちます。
シーズンを過ぎても、まだまだ蕾みを沢山付けて咲きたそうにしているのですが、この寒さが咲かせてくれないのかも知れません。

どんよりと広がる空が寒冷えを演出しているかのようでした。

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こちらは ↓ 夏から秋にかけて、見事な果実を付けて(年に一度の大きな仕事を終えて)ロウバイの傍でじっくり保養しているかのようなフェイジョアの木です。

昨年は予想外に多くの花が咲き、実がなってフェイジョア酒を沢山造りました。
残った果実は方々におすそ分けしたのですが、それでも処分に困って、この様に木の根元に返して上げたのです。

来年も大きく茂って多くの果実に恵まれます様に。

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=====この様に大寒にも臆することなく元気いっぱいの花木たちですが=====

そうこうしているうちに寒い冬も峠を越して、やれやれ、 あと2週間もすると節分です。

そして...その翌日は立春ですよnote

僕は春になると...思いっ切り身軽になって外に出て、陽気を含んだ空気を軽やかに吸って、凛として胸を張って生きて行こうと思います。

思い起こすと昨年は厭な年でした。
今年は例年よりも仰山豆を撒いて皆で鬼をやっつけようではありませんかsign01

今年は「一陽来復」の年だと思っています。

被災した東北地方のアチコチからようやく明るいニュースが届き始めました。。。“グルメで町興しを”という皆さんの掛声が合言葉の様に方々から聞こえて来るようになりました。。。
大寒というと美味しい酒が仕込まれる時期ですし。。。東北の皆さ~ん、今年も夏にお邪魔したいと考えています。。。よろしくお願いしま~す。。。

皆さんと一緒に食べたり飲んだりしたいのです。。。

今年はゆっくり温泉にも浸かりたいと思っています。。。
去年は津波で壊滅的な被害を受けて命辛々逃れてお出でになった南三陸町の方々と宮城県鳴子温泉郷でご一緒した事が今も忘れられません。(もう其処にはお出でにならないかも知れませんね
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↑ 温泉大好きの僕は右から2番目です。

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2012年1月 9日 (月)

頑張ろう!...若者たち。

僕は今日、この日が来るのを心待ちにしていました。

今日 晴れて成人の日を迎えられた若人の皆さーん、大人への仲間入り、おめでとうございます。

250180_2昨年3月11日に突如として襲って来た、あの東日本大震災から10ヶ月になろうとしています。

目を覆いたくなるようなあの日の恐怖の瞬間を決して忘れる事はありません。

海外で成人式を迎えられた方を含めて全国津々浦々で「今日」という日を迎えた全ての新成人の皆さんも何かにつけて「あの日」の悪夢を忘れたことはなかったに違いありません。

「今日」というお祝いの日にあたって、「あの日」という日本中を悲嘆のどん底に落とし入れた不幸の日々...(もうこれ以上クドクドと申し上げますまい・・・オジサンは黙っているべきかも知れません

今日は祝いの式典が各地で催された事と思いますが、東北地方でも特に被害が甚大だった福島・宮城・岩手在住の新成人の方々が
どの様な思いで式に臨まれて,どの様に大人としての感想と決意を述べられたのであろうか・・・その意味で今年の成人の日はとても意義深いものがあるし、関心があります。

これからは、大人になった事の意味を自覚し自らの判断と力で生きて行かなければなりません。
日本の復興は皆さんの手に委ねられていると云っても過言ではないのです。
(震災後の復旧復興だけでなく、長らく続いた政治の怠慢がもたらした人心の荒廃、日本人としての誇りの欠落について皆さんを中心に取り戻して行って欲しいのです。)

元はと云えば、それを見過ごして来たオジサンたちが一番悪いのだけれど... m(_ _)m

今回の震災を教訓として、日本は今、総合力を発揮しながら大きく飛躍しようと動き始めています...忘れていた「和」の力が蘇りつつある様な気がしています。

日本は大丈夫です!  被災地が起爆剤となって、早期のうちに必ず立ち上がります 

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↑ 僕は国旗を掲げて今日の良き日を祝いました。

lovely ━━━☆・‥…頑張ろう 若者たちsign03 ・‥…━━━☆ lovely

てつのつぶやき:

僕は日本の底力をこよなく信じている男だ。

今年も東北地方を巡って来たいと思っている ...耳に心地よく響いて来る復興への槌音を聞きに。

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僕は東北の事がいつも脳裏から離れず、正月も宮城県の銘酒 「一ノ蔵」を手にしながらアレヤコレヤと考えながらチビリチビリやっていた。

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初めて飲む酒だし興味もあったので、どんな酒だろうとラベルを読んだ。

僕が買ったのは「超辛口」でアルコール分も高めのようだ。
いや~...まっこと超辛ぇーこと、辛ぇーったらありゃしない。

「一ノ蔵」にも種々あって、「超辛口」~「辛口」~「甘口」があって、価格帯もピンからキリまでのようだ。

今年は地元の居酒屋で海の幸を肴に飲みたいものだ。(その時は「甘口」を注文しようと早くも決めている ♪)

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量はたくさん飲めないけれども、宮城県には他にも銘酒と呼ばれるものも多く 美味しいものを沢山食べて、僅かでもお金を使って帰って来るのも...復興の一助になるのでは...等と勝手気儘に考えている。

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2012年1月 7日 (土)

めでたさも中ぐらいなり...

おらが春・・・

めでたい事は今年も程々で良いと思っています。

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と云いながら、正月2日 今年も沢山の願い事を胸に秘めて、出雲大社常陸分社まで初詣に行って参りました。

この日早朝に参拝を済ませた後、(小宅の恒例行事なのですが)午後から子供たち夫婦二組に集まってもらって、ささやかな新年会を開きます。

その二家族の皆の健康と平穏な日々を先ずは祈願しておかなければと、親バカは出かけて行くのでございます。

早朝の参拝と云っても、おら一人で6時ごろ家を出立し、愛車で約80分の距離にある笠間市まで直行して10時を目途に戻って来るだけの事...。

↓ 出雲大社は笠間市街からは少々離れた所にあります。
四方は小高い山や丘が広がり、出雲大社自らもその様な丘の高い位置に在って、その荘厳な佇まいが国道50号線の車列の人々にハッと息をのませます。

出雲の神様は漁業や農業の神様でもあります...平地だけでなく、山林や丘陵の農産物の豊穣を今年も見守ってくれているかのようでした。

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↑  () 国道50号線   () 東関東自動車道

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↑ 出雲大社 参拝殿(神楽殿)です。 本殿はこの奥にあります(もちろん進入禁止)
左端横向きの方が大国主命(オオクニヌシノミコト) 右端(日付の上)が樹齢数千年の大黒柱

正面の「注連縄」は出雲大社特有のものですが、この縄の先(下を向いている3ヶ所の先)にコインを投げてうまく刺さるとご利益があると云われます。

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↑ 出雲大社に参拝すると多くのご利益を授かります。
特に、「医療の神様」 「縁結びの神様」 「幸運開運・災難除けの神様」としてお参りする人が多いようです。

出雲大社に来ると不思議に心が落ち着くし、だから “お願い事は一つだけ” と思っても、ついつい次から次に多くの願掛けをしてしまうのです。(今年もダメな男です)

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今年も「破魔矢」 ↑ や、「交通安全」のお守りを貰ってきました。

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てつのかがやき

過日、がん緩和医療医 大津秀一さんの著書「死ぬ時に後悔すること25」を読んだ。
これから先 おらが“悔いのない人生”を全うする為にも、この日是非「縁結びの神様」にお願いしようと秘かに考えていた事が二つあったんやで。。。

一つ:記憶に残る恋をしなかったという後悔 ⇒「恋の相手が "アタシよ~"って、早く現れますように」

二つ:パソコンに我が命の炎を吹き込まなかったという後悔 ⇒大勢の人達との「ブログの縁」が広がって行きますように」

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おらが春・・・今年は、な~んか良い事がありそうな気がするのである note

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2012年1月 1日 (日)

迎春

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2011年12月22日 (木)

被災地の冬は寒かろうに...

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今日は冬至でした。

年間 二十四節気の中で、最後の節気になります。

今年三月、海の幸と山の幸に恵まれた豊かな風土、東北地方に大震災が凄惨な爪跡を残して去って行きました。

あの日のことを私は一日たりとも忘れる事はありません。

私たちは東日本大震災を通して、自然と共に生きることの有り難さと大切さを身に染みて再認識する事になりました。

私は震災から4か月ほど経た夏の初め、被災地のことを思うと胸が締め付けられて居ても立ってもおられず、(宮城県だけでしたが)鎮魂の訪問をさせていただきました。

そして...今はもう冬。

被災者の方々が、どんなに心細く寒い思いをされているのかを案じる時、(行っても何の役にも立てない事は分かっているのだけれど)今すぐにでも出かけてみたい衝動に駆られるのです。

あの日さえ来なければ...例年の様に、暖房の効いた自分の家で、家族が団欒を組み、話も温かく弾むはずであったろうに...

~~~~~~~~ 今日は冬至 ~~~~~~~~

ゆったりと風呂にさえ入れない状況ではありましょうが、今晩は皆で「ゆず湯」にでも浸かってもらいたいなー。

てつのつぶやき:

今年はあまり良い年ではなかった様に思う。

日本各地では洪水、火災などが頻発したし、世界の国々を見ても、タイの水害を始め天変地異の災い多発の年であった。

来年もまた、僕は宮城県をレンタカーを借りて見て来ようと思っている。

東北地方の春到来は遅いのだろうが、彼の地にも僅かにその息吹が感じられる頃、行って来ようと考え始めている。

毎年お世話になっていた鳴子温泉郷の湯治宿は、昨年、宮城県で被災された方々の避難先にもなっていたのですが、もう既に仮設住宅に引っ越しされた方も多いのでは・・・。

仮設住宅の全てにお風呂の設備があるのかは知りませんが、慣れない生活が多々ある中で、行政は「被災者が暖かく寛げる冬」の一点に知恵を絞って欲しいと思う。

来年の東北紀行は、心を新たにして見聞を広める・・・そんな旅にしたいと思っているのだが・・・。

嗚呼 新しい春の到来が待ち遠しいnote

~~~~~~~~

↓ 春を待つ我が家のパンジー達

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2011年12月20日 (火)

悔いのない人生

数年前になりますが、緩和医療医として著名な大津秀一先生の講演を聴く機会がありました。

大津医師は在宅診療所や緩和ケア病院に勤務されながら、長年がん患者の終末期医療に携わって来られた方です。

心身の苦痛と闘いながら緩和医にその苦痛を取り除いてもらいつつ、いよいよ死期の近いことを悟り始めた患者が...ふと漏らす一言ひと言...
それは自らが歩んできた、今となっては戻ることの出来ない人生一つ一つについての後悔の言葉が殆んどだと云うのです。

「人生をどう終えるか」

今日(12月20日)の読売朝刊に大津医師の或る対談記事が掲載されていました。
これは読書の楽しさを伝える対談シリーズとやらで、その中での一部をご紹介します。

『死ぬときに後悔すること25』という本は、大津秀一さんが多くの終末期のがん患者を診療し見てきた具体例が書かれているそうです。
(残念ながら私は講演会で伺っただけで、この本はまだ読んでいません。)

大津医師はがん患者が終末期に及んで吐露する “後悔” に接して、診て来た体験を通しておっしゃいます。。。 後悔減らして生きよう と。。。

" ピアニストになりたかった "というピアノ好きの女性患者が病棟で演奏会を行い、他の患者を感涙させたという実話...(夢が叶って良かったです  ^O^/note )

終末期状態の患者が死期に及んで後悔した25項目を大津医師は次の様に纏められました。

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どの項目が当てはまるかは人それぞれなのですが、この中には、今となっては如何ともし難い事もあれば・・・、今まだまだ...健康で元気なうちに...実行しておけば・・・後悔を減らして生きて行くことが出来るのです。

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僕には今、これからでも充分間に合うし、是非これから先やって置きたいと心掛けている事がある。

項目3:生前の意思を示しておく事。

項目5:自分のやりたいことをやる事。

項目14:美味しいものを食べておく事。

項目16:行きたい場所に旅行する事。

項目17:会いたい人に会っておく事。

項目18:記憶に残る恋愛をする事。

項目24:神仏の教えを知る事。

項目25:愛する人に「ありがとう」と伝える事。 

(僕には「ありがとう」と感謝しなけれならない大勢の人達がいる...妻子・弟妹は勿論、いつも陰になり日向になり励まし治療に当たってくれた医療関係の方々、友人、知人、見知らぬ方たち・・・に対して)

僕はその様な最期の日に臨んで、意識の全てを集中して心からのお礼を云いたいと思うし、悔いなく過ごせた命を愛おしみながら お別れしたいものだと思うのである。

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==== おっと、忘れるところだった。。。 大津秀一先生の推薦図書 gawk === 

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この中で僕が読んでみたいと思うのは「100万回生きたねこ」だけど、さて 皆さんは?

いつも偉そうな事を云ってる割には、僕は本を読まないから...読後感想も書けゃしない。 sweat02

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2011年12月10日 (土)

ウォーミングアップ

...と云っても、僕の場合は...たかだか風邪を引いて寝込んでいた僅か4週間のブランクを軽く準備体操でほぐそうという程度のモノ...

プロ野球の選手が長いシーズンオフの後、ブランクを取り戻そうと厳しい本番に向けて準備体操を始めるのとは訳が違うので恥ずかしいのだが。。。

でも僕にとっては、上咽頭がんの後遺症を彷彿させる(いいえ、後遺症そのものと云っても良いかも知れない)・・・「たかが風邪 されど風邪」だったのだよ。

僕の「ウォーミングアップ」(準備体操)とは ↓ コレである。 

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小庭の花たちを「撮りまくる」事である。。。 ι(´Д`υ)

身も心も不調な折に、僕にとってパワーアップとなる取り急ぎの妙薬が花たちとの接触であるから。

カゼが完全に治り切っていない後だけに、大事を取って日差しが温かく感じる昼の時間帯に小庭に出てみた。
おや?...ひょっとしたら早朝...、今年初めての霜が降りたのかも?と思われるような気配が小庭に漂っていた。

霜が降りてもビクともしない赤と青の「アネモネ」が、二輪 逞しく咲き始めようとしていた。

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右前方の新築のお宅も地鎮祭から半年を経て、漸く外壁工事が急ピッチで進んでいる模様。
(先の地震を念頭に置いた強固な耐震構造になっているのに加えて、井戸まで掘っておったのだ。。。てつは、しっかり見ておったぞ!)

年内に引っ越して来られるのだろう。

そう云えば今年も残りあと僅か・・・ 僕も何時までもこうしてはいられない。

いつまでも寝込んでいられない・・・も少し「リキ」入れて様々にウォーミングアップを始めようと思う・・・

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2011年12月 5日 (月)

風邪を引いて寝込んでいます...

11月の半ば辺りからですから、かれこれ...もう1ヶ月になるかも知れません。

望みもしないのに悪性の風邪を譲り受けて、何をするにも気力が伴わず、少量の食事を摂りつつ、日々ひたすら寝ておりました。

数日前から咳や痰の症状もようやく落ち着きを見せ始めて、本日は朝から気持ちよく晴れあがったこともあってか、気分もヤヤ持ち直して来たところです。

いや~、ほんとに辛ろうございました。

久し振りに小庭に出てみましたが、花たちは皆それぞれ元気にして呉れていたようです。
げんなり痩せ細った私の顔を見て心配そうな表情を浮かべている...パンジーやジュリアン...皆 主の私が居なくても大丈夫なんだ。 

私が病に倒れようと、果ては死に至ろうとも、巷は知らんぷり...クリスマス商戦を迎えて今年もやって来たサンタクロースが赤や青のイルミネーションに照らされて踊っているはずだ。

何てこった!・・・ 世の中寂しいものだ。 gawk

私に風邪を申し送りした張本人、(そう云えばつい先ほどまで、こうして久しぶりにブログ更新している私の足元で)
身振り手振りを交えながら元気にオバちゃん仲間に電話を掛けていた「連れ」は、何処ぞで昼食をする約束が整ったのか今気が付くと、いつの間にか居ない。。。車が無い。

万事,こう云う調子だ! 

でも... 仕方がない。。。 病は我が身の至らなさに帰するしかないのである 。。。 (;;;´Д`)

長話は禁物だ。 そろそろ・・・ 薬飲んで寝なくっちゃ。

せっかく治ってきたモノをこじらせる手は無い。
連れも居ないし、静かにゆっくり休もうと思う。。。 「女房 元気で外がいい」


てつのぼやき:

風邪をこじらせると上咽頭がんの症状が一挙に出てくるからホントに大変なのだ。

鼻と口と喉の症状がトリプルパンチを受けた様に出て来て、死んだように布団に沈むしかないのだから。。。

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粒状の風邪薬だから、指に摘んで「さっ さっ さっ」と振って口に含み水を飲むと、“す~っ”と溶けた心地良さが一気に効いた気分になって、単純なオトコだからぐっすり寝入ってしまう。

いつもの元気が出るまで、まだまだ数日間は寝込んでいなければと思っている。

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2011年11月10日 (木)

フーテンの T さん

“ わたくし生まれも育ちも葛飾柴又でございます。 帝釈天で産湯をつかり、姓は車 名は虎次郎 人呼んでフーテンの寅と発します。 ”

“ 桜が咲いております。 懐かしい桜が咲いております.....。 思い起こせば20年前、つまらねぇことで親父と大喧嘩、頭を血の出るほどブン殴られて、そのままプイッと家をおん出てもう一生帰らねえ覚悟でおりましたものの、花の咲く頃になると、きまって思い出すのは故郷のこと。 それは.....ガキの時分、放たれ仲間を相手に暴れまわった水元公園や江戸川の土手や、帝釈様の境内のことでございました。 風の便りに両親(ふたおや)も、秀才の兄貴も死んじまって、今はたった一人の妹だけが生きていることは知っておりましたが、今こうして江戸川の土手の上に立って生まれ故郷を眺めておりますと、何やらこの胸の奥がポッポッと火照ってくるような気がいたします。 そうです、わたくしの故郷と申しますのは、東京葛飾の柴又でございます。 ”

“ それを言っちゃ、おしまいよ ”

寅さんの名文句の数々です。

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先日...そうそう、その日は二十四節気の「立冬」という、冬の始まりを意味する日でしたが、まだまだ「晩秋」という感じの中... 舟で寅さんの生まれ故郷に行って来ました。

大人になってもロマンティックな美的感覚を失わないでいる寅さんが僕は大好きなのですが、加えて、11月5日付け読売新聞「編集手帳」に掲載された「男はつらいよ」関連の話を読んで、小さな旅心をくすぐられてしまっていたのです。

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なるほど!・・・刃良 ⇒ とら 佐久良 ⇒ さくら と言う人物が721年下総國 葛飾郡に存在していたのですね。

======== さて、

11月8日(火曜日) 舟と電車による小さな一人旅ですが、

JR 常磐線の松戸駅を下車した後、バスに乗ること約15分で「矢切の渡し入口」という停車場に着きました。

「入口」と云うからには「渡し船」が目の前かと思いきや、ここから舟着場までテクテクと20分ぐらい歩かなければなりませんでした。

あいにくの曇り空に覆われた江戸川の土手は風も無く、時々薄日も差してくれたので、寒さは感じません。

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↑ 松戸側の「矢切の渡し」。 若い船頭さんが江戸川をゆっくり漕いで渡ります。
  真正面が柴又なのに、5分かけてゆっくり渡ります...舟賃は100円也。

  ♪ ♪  「矢切の渡し」

     「見すてないでね・・・・・」

     「捨てはしないよ・・・・・」

     北風が泣いて吹く  矢切の渡し

     噂かなしい 柴又すてて

     舟にまかせる さだめです

                     ♪ ♪

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↑江戸川を挟んで、葛飾柴又のちょっと先に 「スカイツリー」が見えました。

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千葉県松戸市から東京都葛飾区柴又まで舟で5分。
舟を下りて土手に上がり、徒歩4~5分で帝釈天(たいしゃくてん)の参道に入りました。 ↑ 帝釈天の境内 ↑ です。

お参りを済ませて、参道に連なる商店街を見て回りました。楽しくって...この類の商店街の散策はいつも楽しい気分にさせられて...大好き。
映画 「男はつらいよ」シリーズで初回(昭和44年)から五作目まで寅さんの実家として想定撮影された「とらや」の店先です。 ↓

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寅さんシリーズは平成4年まで45回も続きました。

この間、寅さんは多くのマドンナとの出会いがありましたね。
古くは「新珠三千代」「若尾文子」「池内淳子」「吉永小百合」「浅丘ルリ子」「三田佳子」「大原麗子」「竹下景子」さん等、美しい女優さんたちばかりでした。

寅さん、つまり 渥美清さんが亡くなられて15年が過ぎましたけれど、マドンナ達の中にも亡くなられた方が多く、映画の一コマひとこまを懐かしく思い出してしまいます。

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てつのつぶやき:

柴又を出て、腹が減ったので渋谷で夕食を取りました。
遠く過ぎ去ってしまった我が青春時代.....夢やロマンを追い求めた学生時代の4年間.....を、この街で過ごしました。

僕にとってのその頃のマドンナたちは今何処で何をしているのでしょうか?

僕は相変わらずその頃と変わりません。。。 (*´ェ`*)

と言うか、今では増々「フーテン」さにも磨きが掛かり、寅さん並みに気まぐれ気儘に生きているようです。

そうです。 わたくしフーテンの T と発します。

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白・黄・赤 の「オキザリス」 ↑ 

これが 今、フーテンの T が愛するマドンナ達なのです。

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2011年11月 5日 (土)

酒造り

被災地での酒造りは順調とまではいかないにしても、美味しい酒の産地だけに気になっています。

酒造りも地域によって時期があるのでしょうけれど、東北地方の杜氏の皆さんが忙しくなるのは12月頃でしょうか?

杜氏は別名を“蔵人”と呼ばれますが、仕込みの時期になると蔵の中に泊まり込みで美酒造りに専念するのだそうです。

東北地方は米の産地ですが、酒造好適米として高い評価を得ている “山田錦”という米は兵庫県で取れるそうですね。

酒造りには、勿論どこの産地のコメを使うかということも大事なのでしょうが、その他にも良質な水、冷気など気温の状態も仕込み時期の大切な要素になっているようです。

辛口の酒にするか甘口が良いのか...冷酒用にするか熱燗向けにするか...口当たりは? 香りは?...等々、杜氏の好みとか腕に委ねられます。

全国に蔵元がどのくらいあるのか見当がつきませんが、どの蔵から出て来たのか...自分の嗜好との兼ね合いで “のんべー” にとっては気になるところです。

そして、"酒の肴を何にするのか"...思い描くだけで...僕は...もう!...たまりまっしぇん。

======== bottle ========

「好きな日本酒が自家醸造できればコレに過ぎる幸せは無い」などとお考えの皆さんも多い事と思います。

僕は毎年この時季になると、(日本酒ではありませんが)果実酒造りに励みます。

自宅に亜熱帯地方が原産なのですが、「フェイジョア」という木が一本あって、沢山の果実をつけるのです。
フェイジョアの木については毎回弊ブログにて紹介させていただいているので、今日は割愛します。

ここ一週間、いろいろなフェイジョア酒を造りました。。。 既に三種類( )造りました。 coldsweats01

果実酒用としては(梅酒など)一般的に使われている「ホワイトリカー」を使って... 1800ml (貯蔵瓶 A型10号の大瓶1本)

 ジンを使って... 2000ml (写真 ↓の瓶 2本)

ウォッカを使って...1000ml(写真の瓶 1本)

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↑ 左側はウォッカのフェイジョア酒(本日醸造) 右側はジンのフェイジョア酒(昨日醸造)
  (ホワイトリカ―の掲載は省きました

今年は例年になく花がたくさん咲き、多くの実を付けました。。。
。。。ビックリするほどの大豊作でしたが、その分 養分が全てに行き渡らなかった為でしょうか、小粒のものが多かったです。

これだけの飲みきれない程の果実酒を造っても、まだまだ大量の実が残っていて、実のところ困っています。

もしフェイジョアの実に関心がおありの方、お分けしたいのですが・・・
今年は無理にしても、来年もまた大収穫が予想されますので、(造ってみようという物好きの方・・・ ← 失礼)その折には是非ご連絡いただきますよう、お待ちしております。

昨年度は懇意にしている居酒屋で好評を博しましたので、さっそく今年も持参して喜んでもらいました。

てな訳で、晩秋の夜長は蔵人役に徹しながら楽しい酒造りをやっておりました。。。 ご報告まで。

 

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2011年10月31日 (月)

愛着

10月31日:

10月も、早や今日が名残りの一日となってしまいました。

季節は、夏から秋へ...秋から冬へと...徐々に移って行くのであって、いきなり変わるものではないのですネェ。

秋は夏のいつの時点から考えるのでしょうか... そろそろ装いを変え始めなければと。
冬は秋たけなわの頃でしょうか... さやかに様子を窺いながら少しずつその準備を始めるのでしょう。

Photo

Photo_2

まだまだ秋の景色に酔いしれていたいのに、昨今の朝夕の冷え込みを感じる時、 " ははーん、冬への準備が急ピッチで進んでいるな " と思うのです。

========

僕には移りゆく季節への愛着があります。
一年後に再び巡り合えるという事が分かっていても、目の前の美しい風物が徐々に影をひそめて行くことに哀切を感じます。

そうは云っても・・・でも、 からすうりの風情を見ていると "旅をしたい"という衝動に駆られるのですが、
「来年があるさ」と思って済ますことが出来るから、季節への愛着と云っても それは たわいないもので、むしろ移り変わりを楽しみにしている...と云った方が良いのかも知れないのです。

庭に植え込んで、育てて、観賞する花にしても、その季節になれば再び同じ花を買ってきては植えるだけのことで、
偉そうに「季節への愛着」等と云ってはいるものの、その愛着の度はタカが知れているのです。

 
僕の場合 「花を植えるということ」は殆んど季節への愛着心からではなく、心理的に働く「情緒」がそうさせているだけで・・・
季節やその時節に咲く花たちのことを愛でたり書いたりする僕の行為について、(彼)彼女たちは有難迷惑だとさえ思っているに違いないのです。

(でも...移り変わる季節や花たちには、人一倍無関心ではいられないのです。 愛着があるのでしょうか) coldsweats01 

========

と・こ・ろ・で・・・今日これからお話しする「愛着」なのですが、“へんてこりん”な愛着なんです。

来年になっても、再来年になっても、もう二度と会えないものへの僕の愛着なのです。
切なく別れた「車」に対する愛着なのです。。。

。。。 10月28日(金) その日は大安吉日でした。。。 僕は、なけなしのおカネを叩いて新車を買ったのです。
中古車でも良いと思って行ったのだけれど、巧みなセールスに操られて清水の舞台から飛び降りてしまったのでした。) think 

そうなんです。。。車を新しく買い替えることで、 それまで ポンコツ、ポンコツ って云っていた愛車を廃車しなければならない事になったのです。

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↑ これが 下取りに出した「ポン・・」 いや、トヨタの「カローラ」です。(愛車よ...これまでポンコツだなんて云ってごめんな。)

車好きの僕にとって、クルマ無しの生活なんて全く考えられないし、毎日を爽快に過ごせたのもカローラのおかげで、お世話に成りっ放しでした。

初年度登録が平成11年2月ですから10年以上乗り回していた事になりますし、この間の走行距離が17万キロを遙かに超えるという強者でした。

酷使に堪えていてくれたのでしょう・・・車体は満身創痍の状態で、傷があちらこちらに目立っていました。
何処へ行くにしてもソコにはカローラが居て、僕の一部始終を黙って見てくれていたのでしょう。

平成14年、僕は上咽頭がんを罹患しました。
大腸がんに続く二つ目のがん罹患に僕は動揺しました。
僕の体の隅々には癌となり得る病巣が幾つもあるに違いないと確信したのです。

「この次は何処に出てくるのか?」 部位の特定も出来ないまま、不安な日々を過ごす中で死を意識し始めました。

カローラを買って3年目、大腸がんを克服して4年目だったのですね。(今 気が付きました)

いつ死んでも悔いが残らない様にと考えて、 "連れ" と交代で運転しながら方々を旅行して歩きました。

↑ 左側の映像は平成14年9月10日に連れと旅した 能登半島 千里浜(ちりはま)ドライブウェイ。
(この年の2月に上咽頭がんの治療開始~6月25日退院)
  

右側は2005年4月5日に訪ねた湯檜曽温泉近くの谷川岳登山口。 (一人旅)

海に山にと、カローラはいつも付きっ切りで居てくれましたし、頼もしい愛車でした。

=== 心情的にその様なカローラを手放したくありませんでした ===

当時 疲労困憊していた心身を癒やしてくれたばかりでなく、すっかり弱気になっていた命を救ってくれた恩人ですから。

こんにち僕が、こうして元気にして居られるのはカローラのお蔭だと思っています。

========

10月28日 お日柄もよく、天高く青空が澄み渡っている朝、僕は自宅でカローラを洗ってあげました。

長年世話になった勇者の傷までは如何ともしがたく拭えませんでしたが、白いボディーは柔らかい朝の陽を受けて美しく光っていました。

そのあと小一時間後に、トヨタ 「ヴィッツ」が納車となり、カローラは、営業マンの手で誇らしげに我が家を後にしました。

後姿が曲がり角で見えなくなるまで見送りました。ありがとう! カローラ。。。。。 長い間お疲れ様。

(ヴィッツは排気量1000㏄ だからカローラよりも小さいけれど、今後はそれで十分だと思っている。
期待に十分応えてくれるはずだ。お互いに好感度で長くお付き合い出来れば幸せである。)

========

てつのつぶやき:

車とは云え、長年世話になり苦労を掛けた信頼のおける相棒であった。

引き取りの朝、カローラが我が家の前から見えなくなった瞬間、あいつは或る時、俺の体の一部だったんだと思った。

そう考えると、無性に愛おしくなって、こうして書いている時も愛着の念で胸がいっぱいになるのである。

「愛着」とは、「慣れ親しんだものに深く心を引かれ、離れがたく感じる事」を云う。

 

 

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2011年10月20日 (木)

リビング ウィル

 Living Will ・・・ 「書面による生前の意思表示」という意味を持った一種の遺言書の事ですね。

例えば、ようやく日本でも定着し始めた「尊厳死」の考え方・・・つまり 自分が末期状態に陥った時に、
医師に対して延命治療の打ち切りを希望する等、文書で治療に関する明確な意思表示をしておく権利を云います。

もちろん 意思表示をする/しないは、その人の死生観とか家庭環境とか...考え方や置かれた立場によって様々に異なってきます。

======== * ========

私の場合:

延命治療はお断りです。
不治の状況で死期が迫ったり植物状態が続いている際には人工呼吸器、チューブ等、私の身体に装着されている全ての医療機器を外してください。

否 そうなる以前に、
例えば認知症の状態を私自身の脳がコントロール出来なくなった時、つまり 食、排せつ等全て他人の世話になる恐れが出て来た時。。。
気管チューブ、胃ろう、その他如何なる手立ても、既にその病の兆しが見えている時でも私はそれらの装着を決して認めません。

私の尊厳を無視した医療行為は、その時点で もはや医療行為ではなく、医師が考える「救命行為」として認める訳にはいきません。

私の命は私のもの。。。 この世に一つしかない私だけの大切な「いのち」。。。私は死ぬ間際までこの命を輝かせて生きていたいと思う。。。

意識なく永らえた命で...お別れが来た時に...自分の意思で、目で、手で、周囲の人に “ありがとう”と感謝の気持ちを伝えられないなんて。。。 寂しいよ。。。 crying

======== ゜ ======== ところで、

お気付きで無かった人が多いと思いますが、
今月16日付け読売新聞の広告ページに、“脳死は人の死”を認めた「改定臓器移植法」の事が載っていました。

この日を「グリーンリボンDAY」と云うのだそうです。 

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タレントの関根麻里さん  お見受けしたところでは...まだ、お若いのに...アナタは偉い!

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私もまた、臓器の提供者(ドナー)として生前の意思表示を家族にも話しておく事は大事だと思います。

* ======== 

私は「臓器提供意思表示カード」(ドナーカード)を持っています。

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↑ 健康保険証の裏面に次のように ↓ ・・・記入してシールを貼って持ち歩いているのです。

私は脳死後 及び 心臓が停止した死後のいづれでも移植のために臓器を提供します。
(心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・眼球)  提供したくない臓器はありません。
但し、大腸がん開腹手術あり。 上咽頭がん、左頸部リンパ節がんの放射線・抗がん剤治療あり。

臓器を提供する側として、(原則は健康な人ならば誰でも良いのですが)一応年齢など適応基準が設けられています。

例えば 心臓の提供者は50歳以下、肺と腎臓は70歳以下、膵臓と小腸は60歳以下です。
肝臓と眼球の適応基準はありません。

がん患者は ×(ダメ) との制限もありません。(勿論がん患者だけでなく、提供者の検査は病院側できちんと行なってくれますから安心です。)

そして大事な事ですが...
私は「延命治療をしないでほしい事」、「臓器移植を希望している事」の2点について家族の者には納得と了解を得ています。
ですから、その場に臨んでいる私の周りで、家族の者が医師と一緒になって狼狽や躊躇する事は無いと信じています。

* ======== * ======== 

私は「医療の限界」を知っています。
どんなに優秀な医療を尽くしても、人が持つ尊くて厳粛な心の分野にまで入り込んで、病気を治療してはいけないと思っているし、あってはいけない事と考えています。

自分の人生が素晴らしいものであったかどうかは、終わってみなければ分かりません。

だとすれば、今生にお別れをする間際まで自分らしい生き方を貫き通して、
" 嗚呼、いよいよ俺も終わりだな。。。最期まで俺の人生は素晴らしかった。。。 皆さん、ありがとう。"で終わらなければなりますまい?・・・ ε-( ̄ヘ ̄)┌

「我が人生に悔い無し」という事を実感しながら死んで行くには、朦朧としていても良いから事を知覚出来る力が無ければなりません。

てつのつぶやき:

“人には生まれて来た時から決められた運命があって、死ぬまでそれを背負って生きて行かなければならない”...と云う論者がいる。

本当にそうだろうか?・・・僕には分からない。

でも仮にそうであっても、たとえば悪いモノを背負って来たとしても...運命を切りひらいていく努力によって、良いモノに変えて行く力が人にはあると思う。

切り拓いて行く事が生きるという事なのではないかと、ちっぽけな頭は今頃になって考え付いたりしている。

人間と云う生き物は意外に捨てたものでは無いとさえ、昨今思えるのである。

自らが終末期に至った時に備えて Living Will を高々と宣言したが、まだまだ若いし・・・
こうして時間があるうちに、これからも良いモノ探しに精を出して行かうとおもふ。

 

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2011年10月14日 (金)

季節の悪戯?

これからお話しするこの様なイタズラなら僕はむしろ大歓迎なのです。。。 嬉しいのです。。。

..:*○o。+..:*○o。+..:* ちっぽけな僕んちの庭には花や実をつける木が何本かあります。 *○o。+..:*○o。+..:*

たとえば、「蘇芳」の木です。
この木は割と目立ちたがり屋で我が小庭の中でも道路沿いに面しているのですが、毎年4月初めになるとピンクの蕾を付け始めます。

そして中旬になると、特有の珍しい形をした花びらを道行く人たちに見せびらかしては関心を買おうとするのです。
この頃は折りしもチューリップが美しい時節でもあり、この時季のこの両者は正に千両役者として我が家に君臨しています。

特に「蘇芳」は(お話ししました通り)人々の注目を集めやすい好位置に立っていますので、それを意識しているかのように、立ち居振る舞いが上手なのです。

でも この蘇芳の木は、“自分は春に咲くのだ”という意識は殆んど持ち合わせていないのです。

今年もそうです。。。 今は “秋たけなわ”だと云うのに、花をつけ始めたのです。

例年の事ですから それほど驚かなくなりましたが、それにしても悦な事をするものだと僕はニヤニヤしているのです。

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↑ これが蘇芳(すおう)の花です。

この様な変わった事をするのは我が家の蘇芳だけかと思っていましたら、目と鼻の先にある公園の「桜」も今年は狂ったという噂。。。早速行って見て来ました。

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↑ 少しは遠慮して2,3輪程度かと思って行ったのですが、結構...堂々と咲いていました。

僕は驚いて「オイ、オマエさんまで一体どうしたと云うんだ?」って聞いたのです。

そしたら、" 蘇芳も俺も...何か感じちゃうものがあって..." と云うんですぅ。
蘇芳の木と桜の木は生来ひょうきん者なのか、自然の神々が差配してこの両者に悪戯を仕掛けたのか僕には分かりません。 

========

神さまがこの様なイタズラを思いつくのも、(ほら、秋は夜が長くて神々も退屈だから)退屈しのぎにこの様な思いを巡らせるんです...きっと。 think

僕も秋の夜長を持て余すことが時々あって、つまらない事を考えたり、物思いに耽ったりしますけれど・・・
どうでも良いような些細な事ばかりが頭の中を駆け巡って...そして、その事で夜も眠れなくなったりするですから...。(ちっぽけな頭です。)

======== 次に ========

毎年今頃の秋になると、やはり道路沿いに咲いていた「キンモクセイ」についてもお話ししなければなりません。

この時季になると甘い香りを漂わせて通りがかりの人達の人気者でしたが、管理人(ボク)が十分な剪定を怠ったこともあり、昨年から弱々しく老いを見せるようになりました。

可哀想でしたが、今年の春先に思い切って伐採してしまいました。 coldsweats02

こがね色した粒々の美しさに魅せられていた僕は、気品と芳香をいつまでも大事に残して置きたいと思って、「キンモクセイ酒」を造った事もありました。
キンモクセイとの長い付き合いの中で、その思い出はずっと記憶に残る事でしょう。

=== それから あと少々お時間を下さい。もう一つお話ししたい木があります。 ===

「フェイジョア」のことです。

道路沿いとは反対側の空き地との境界に目隠し用として植えた木です。
ニュージーランド等 亜熱帯地が原産だと云われていますが、その通り花も実も情熱的なのです。

ちょうど今、 ↓ この様に実を付けていて、更に大きくなっていく過程にあります。
毎年こちらの実も果実酒として利用していますが、昨年近くの居酒屋で、その味を褒められたものですから、調子に乗って今年も造って上げようと思っているところです。 

Photo_3

それではこの辺で失礼します。

長い間 お引止めして、ごめんなさい。

spade club

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2011年10月11日 (火)

今、無性に海が見たいのです。

ゆったりと広がる大海原、潮風の香しさ、寄せては返す波の旋律、岩礁に砕け散る飛沫、爽やかに唇を湿す海水...僕は海が大好き!

海の包容力に身を任せて...時を忘れて...ぼんやりとして定まらない心身を癒やしていたいのです。

======== 今年はまだ海を見ていません。 ========

自宅から車で2時間の距離にある、いつも行く海岸沿いにも あの津波が押し寄せて来たからです。

あっ ======== 思い出しました sign03... いいえ、見ました。。。 ========

石巻港の瓦礫の向こうに見た海。。。

大津波に襲われたその港の先には太平洋が果てしなく広がっているはずなのに、あまりにも悲しい涙の海が横たわっているだけでした。

昔から僕にとって、太平洋は憬れの海です。 lovely

太平洋には無数の島嶼がまるで海に浮いているかのように、点々として国を形成しています。
ここに暮らす人々は「ミクロネシア」 「メラネシア」 「ポリネシア」と呼ばれる3つの文化圏を持つ人達です。

今回の東日本大震災に関連する地震や津波の影響は無かったのだろうかと気になって、古い地球儀を手にしながら調べてみました。

良かったです。 note  

影響は特に無かった様子です。
でも、ミクロネシア地域は火山島で構成されていますから、これから先、地震津波の心配はありそうです。

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Photo_2

↑の地図で、ミクロネシア・メラネシア・ポリネシアの地域を ---で示しました。
(見にくいのですが、↑↑地球儀にも黒く大きく書かれていますので対比してご覧ください。)

朱色で表示されているのは国名です。

ところで、僕が「太平洋」に出会ったのは高校を卒業してまもなくの頃でした。
ear・・・?・・・いいえ、行った事はありません。 ミュージカル映画「南太平洋」を観て知ったのです。

この映画は、ポリネシア圏の国である「ハワイ」の(カウマイ島)と云うところで撮影され、シーンは「タヒチ」(モーレア島)をイメージして制作されました。

映画好きの方ならご存知の事と思いますが、このミュージカル映画の主役はミッチー・ゲイナー/ロッサノ・ブラッツイ/ジョン・カー/アニタ・ホール/フランス・ニュイエン/等です。

「魅惑の宵」 「バリハイ」 「ハッピートーク」等、歌声と共に映画で魅せた南太平洋の美しさを今でも思い出します。
そして 「ハッピートーク」を歌った、いかにもポリネシア人という顔立ちをした フランス・ニュイエンの純真無垢な可愛さも忘れられまっしぇん。

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当時 映画で観たモーレア島の(バリハイ)だと思っています。 ↑

それから、オーストラリアの東側に「バヌアツ」という島国がありますね。
ココの海が素晴らしくきれいで、時々小ブログのテンプレートにも使わせてもらっています。ι(´Д`υ)      ↓

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ポリネシアは降雨量が少なく、海は深く、或は浅く澄み、サンゴ礁が美しい島々だと聞いています。

========

何もない晴れた日の海は良いですね。。。 眺めているだけで。。。

太平洋には、いつまでも僕の憧れの海であり続けて欲しいと思います。

今から1万3000年を遡る縄文時代の太平洋の島々は地続きであった様だし、岩礁を縫うように交易が広範囲に及んでいたとも聞いています。
ミクロネシア・メラネシア・ポリネシアの人達には多くの民族の血が流れていると聞きます。

僕の太平洋への憧れは海だけに留まらず、この地の先祖が丸木舟に乗って方々からやって来たと云う壮大なロマンにも及ぶのです。

そして、三界六道の輪廻を繰り返して...今日...、再び・三たびの生を受けた僕もまた、当時 丸木舟を操りながらポリネシアの楽園を目指していたに違いない...
等と思い始めると・・・ほんとに病気の事なんか忘れてしまいそうなんです。

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2011年10月 3日 (月)

フラダンス

10月3日:

今日も、お題は読売新聞の「編集手帳」から頂戴しました。 (;´Д`A ```

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↑ 赤く塗りつぶしている部分がフラダンスの話。(後はシッカリして欲しい政治家たちの話ですから、もう何年も政治に虚しさや閉塞感を感じている人は読まない方が宜しいかと...。

僕はフラダンス大好き人間です。
何故って...「編集手帳」氏が全てを語ってくれています。

古代ハワイには文字がなかったから言霊を大事にして来たという事と、言葉を足・腕・指先・腰・の動きで表現して伝説を語り継いで来たという事に感銘を受けるからです。
(今では英語を母国語として話していますが・・・)

ハワイを始めタヒチ、サモア、トンガ等の言葉は互いに良く似ているそうですが、この辺りに住む人たちをポリネシア人と呼んでいます。

僕はポリネシア人の事についても大いに興味があって、この人たちの祖先は縄文人に間違いないと睨んでいるのです。
(ま、今日はそんな事はどうでも良い事なので...またの機会にお話しするとして、先を急ぎましょう。)

僕はハワイには未だ行ったことがありません。(勿論ポリネシア地域にも・・・)

ハワイに行って本場の踊りを見てみたいのですが、おカネが無いし日本の温泉巡りで精いっぱいの状況だから。。。 (*´Д`*)

僕はフラダンスの中でもフラガールズが腰に纏う衣装が好きです。。。幾つになってもフラダンスの魅力はセクシーな腰の動きだと思っています。 (/ω\) ハズカシーィ

最近、狭い花壇で花を育てるようになって思う事がありますぅ。
もっと花の色香を取り入れたフラダンス衣装があっても良いのに...と。

右は「スパリゾートハワイアンズ」のフラガールの人たち。 ↓

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Photo_6

上下に(↑ ↓ )にアップした映像4点はフラダンス用の衣装です。
いずれも左側の映像はプロが考案したもので、右側は僕の考案です。

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さて、いかがでしょうか?。。。 色香が漂って来る衣装 === どれだか分かりますよねぇ...。

それもその筈です。
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↑ このシクラメンの美しさと香りには敵う筈もありません。(逆さまにして作った衣装です。 特許申請中 coldsweats01

======== note ========

地方公演を終えた29名のフラガールズは、先日震災後初めて福島に戻って来ました。
被災者の方々に大きな励ましと勇気を与えたようです。。。 お疲れ様sign01

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2011年10月 1日 (土)

ジャガタラお春

...って、ご存知ですか?

ちょっと悲しい話なのです。

江戸時代初期(1625年~1697年)の頃の話なのです。

お春は、当時外国との交易を唯一許された長崎の出島と云うところで生まれました。

父はポルトガル商船の航海士をしていたイタリア人で、日本人の母の家系は貿易商でした。

江戸幕府はキリスト教禁止のために度重なる鎖国令を敷き、外国人とその家族を国外追放しました。

追放先は「ジャガタラ」(今のインドネシアの首都 ジャカルタ)でした。

追放の憂き目に遭ったお春は、その後 21歳の時に、やはり同じように追われた(日本人とオランダ人の)混血男性と結婚したのです。

今でこそ海外移住や国際結婚は珍しくも何ともありません。

でも 300年以上も前の事です。
当時幼くして日本を離れ異国で死を迎える72歳まで、ずっと望郷の念を抱き続けたお春のことを想えば・・・

自らの事情に因らずして故郷から引き離され、異邦の地で悲嘆に暮れ、泣き過ごしていた「ジャガタラお春」の気持ち。。。

♪♪

   赤い花なら 曼珠沙華

   和蘭陀屋敷に 雨が降る

   濡れて泣いてる じゃがたらお春

   未練な出船の

   あぁ鐘が鳴る ララ鐘が鳴る

                     ♪♪

========

9月30日の昨日、僕は今年もいつもの様に遠ざかって行く夏を惜しみつつ、秋がどこまで来ているのか、それを確かめたくなって遠出しました。

========

Photo

たしかに秋は来ていました。

空の色。 燃えるような赤い花。。 飛び交うアカネトンボ。。。 秋の気配は十分でした。

======== 歌詞の中で ========

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とは「彼岸花」のことです。
和蘭陀屋敷(おらんだやしき)とは長崎の出島に在ったオランダ人の商館のことです。

彼岸花については「幽霊花」等と云って嫌う地域もありますが、それは、この花が彼岸日から彼岸明けにかけた、墓参りの時期に咲くからでしょう。think
今年は、彼岸入りが9月20日。 中日(秋分の日)が23日。 彼岸明けが26日 でした。

でも、幽霊花だなんて...決して忌み嫌われる花ではないんですよ。。。 彼岸花って本当はお目出度い花なんです。

曼珠沙華」(彼岸花)は古代インドのサンスクリット語で「天界に咲く花」という意味を持つ花だからです。

“おめでたい事が起こる兆しとして、赤い花が天から降ってくる”と云う仏教の経典から来ているのです。

ジャガタラお春のためにも、僕は 「彼岸花」を讃えたいと思います。

そして 僕だけでなく、ここにお集まりの皆様のためにも、「曼珠沙華」が高々と天界に照り輝くことを願いたいと思います。

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2011年9月23日 (金)

バイオリズム

少々気になる事があって、パソコンに「ばいおりずむ」と打ち込んで変換・検索してみた。。。今朝の事である。

 バイオリズム...バイオ(生命)のリズムのことを言う。

人の生命リズムには「身体(Physical)」 感情(Sensitivity)」 「知性(Intellectual)」 毎に規則性があり、生まれた時から 身体⇔23日、感情⇔28日、知性⇔33日 の間隔で繰り返す。

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2011年 9月14日 ~ 10月13日間に於ける僕のバイオリズムである。(生年月日を入れて「入力」をクリックするだけ)

グラフで交叉する点を頂点として釣鐘型に不安定な事象が発生すると書いてある。
僕の場合、最も「要注意日」となるのが10月/10日・11日・12日・13日辺りのようである。
(他にも、感情では15日。 身体では18日。 知性では23日。 29日は身体と感情。)

交叉点後の24時間を要注意と見ているが交叉前の24時間も注意する必要があるとも書いてある。

身体の要注意日には、運動神経の不調による思わぬケガや交通事故に気を付けよう。
感情の要注意日には、精神が不安定となりやすく自分自身のコントロールが難しいので慎重な行動を取ろう。
知性の要注意日には、判断力や思考力が悪くなるので注意が散漫になり記憶力減退によるミスに気を付けよう。

等々丁寧に書いてあった。 think

======== shock ========

(冒頭にある)僕自身の行動に付きまとう「少々気になる事」は9/19~22間に発生、或は感じたものであった。
それは小さな事とは言え、一歩間違えば大きな出来事に繋がりかねない事件だっただけに、振り返ってその時のバイオリズムを調べてみたくなったのである。

そして、9月21日 遂に事件が発生した。

バイオリズムで云う「要注意日」ではなかったのであるが、この日 僕は、車両事故を引き起こしてしまったのだ。

この日は台風15号が吹き荒れて近畿・関東・東北地方を直撃し、大きな風水害や交通大混乱を引き起こした。

その日、自宅で「白鵬 vs 鶴竜」戦を観た後、毎朝食事の前に安らぎの一服として愛飲している緑茶(葉)が無かった事に気づき、
突風と豪雨の中にも拘らずポンコツ車で買いに行った。。。(翌朝の安らぎが欲しくって・・・)

(ボクの至福の時は「朝食前の緑茶」と「夕食後の熱燗酒」をゆっくりと時間を掛けて飲む事だ。)
だから、朝 その日の始まり時に、好みの茶葉が切れて至福の時を持つことが出来ないなんて...それは耐えられない事なのだ。

大手スーパー店の駐車場はガラ空きだったが、豪雨を出来るだけ避けたいという気持ちからスーパー出入り口に最も近い場所を選んだ。

考える事は皆同じで、車はその一角だけ込み合っていたが、そこに一台分だけの“空”を見つけた僕は、躊躇なく他車と隣り合わせで駐車した。

エンジンを止め、激しく降る大雨は視覚にあったものの、吹き荒れる突風は視界になく、頭に浮かばず、ドアを開けてしまった。

いつもの様に軽く明けたドアが相手車の左(助手席側)ドアに激しく当たってしまった。
買い物を終えて、今まさに発進しようとしていた相手の人が状況確認のため車から降りて来た。

暗くて損傷の確認が出来ず、明るい出入り口まで車を迂回させて傷の程度を双方で見た。。。 Y字型の傷が updown 高さ1センチ程 浅く入っていた。 

風に煽られた結果の傷とは言え、当方の全面責任であり、ひたすら不注意を侘びるばかりであった。

昨日、先方の指定する場所に赴き修理の見積もり額を出してもらったが、修理代の他に代車費用などを入れると結構な金額になるので、
以降の折衝その他については当方懇意の保険屋さんに任せることにした。

======== catface ========

僕のバイオリズムを見ると、9月21日はどの線も交叉していないので、身体・感情面で体調は比較的良好であったと云える。
だから、これが今回の事故の原因であったとは云えない。

原因は(決定的なものではないが)、どうも「知性」の欠如にあったようだ。

先述したように知性の要注意日には、判断力や思考力が悪くなるので注意が散漫になり記憶力減退によるミスに気を付けようとの指摘がある。。。

普段からこの事だけは心に留めて万事行動していた積りであったのだが、「身体」や「感情」と違って、
最近は加齢と共に「知性」のコントロールも上手く出来なくなってきたという感じがするのである。

9月21日の記録的な凄まじい突風の日に、たかが量り売りで100グラムのお茶っ葉の為に出かけて行くとは.....
その時点の判断力・思考力を問われる「知性」のコントロールが出来ていない何よりの証左ではなかろうか。

僕は「バイオリズム」とか「占い」とか「手相」等々は宇宙の神秘や宇宙の法則を元にして生み出されたものだと考えているから、
(人の力が及ばない)この三つには運命的な定めのようなものを感じてしまう。
不思議な世界だという感覚があって、大いに興味津々なのだが、でも...それらを信じてみようと云う気持ちにはなれない。

「生きる」という事が、「運命」として片づけられるほど単純なものではないと思っているからだ。

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9月21日は、偶然かも知れないけれど「知性」の線が一番近かった。。。少しは当たっている様だが。。。しかし、「バイオリズム」の検索は今日を最後にしたいと思う。
バイオリズムにこだわると、自分らしさが出せないで生きる価値を見失ってしまうのではないかと、僕は単細胞ゆえに恐れるのである。

それより、今回の事故は人身事故や大きな車両事故でもなかったので、警察沙汰になる事も無く不幸中の幸いであった。

免許証に傷がついた訳ではないが、保健付保のランクが次回更改時から(3ランク)落ちる事になる。
月々の保険料が高くなるな~~ とほほ。。。 (なみだ)

=== 今日の自宅の花 note ===

ブルーデージー

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ブルーデージーの開花時期は 「4~6月」 「9~10月」。

間の「7~8月」は高温多湿を嫌う花なので、いったん開花は止まるが涼しくなると再び花が開く。

バイオリズムがそうさせて・・・いるのかな?.... いないのかな?

花はいつも健気で懸命だ。。。 体や感情や知性に左右されるはずがない。

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2011年9月12日 (月)

今宵 名月は出るのか...

9月12日(月):

今日は旧暦で云う 「8月15日」 です。
幼い頃...(思えば、昔はのんびりした時代でした)...中秋の名月が姿を見せる宵の口になると、
縁側に飾った母親の手作り団子等を食べながら、飽きることなく満月を見ては子供心に感じるままの想いを巡らせていました。

"想いを巡らせる"と云っても、幼児ですから大した想いではありません。

「月にはウサギさんが居て満月になると餅つきをする」という話。。。 「昔 かぐや姫が月に帰って行ったのも満月の日だった」という話。。。

幼い心は単に童話の世界にとどまらず、満月を讃える事を通して宇宙の神秘に興味を持つようになって行ったのかも知れません。(偉そうに聞こえますが.....;´Д`A ``` 滝汗) 

ですから 今から42年前に人類初の月面着陸を果たした、あのアポロ11号の話には文字通り仰天しました。
この偉業はかなり大人になってからの事でしたが、月面に軟着陸し宇宙服に身を固めた飛行士がゆっくり歩いている様子を見て、
それまで畏敬の念で宇宙や大自然に接していた僕は “オイオイ、人間はそんな事をして良いのか”と逆に心配するようになりました。

人間は宇宙の領域を侵したり、尊厳を冒すような行為を慎まなければなりません。。。 大自然の前では、いつも謙虚でなければいけません。

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今年の干支は「卯(うさぎ)」です。。。。
毎年、僕の初詣は出雲(常陸)大社ですし、祀ってある大国主命と兎は切っても切れない縁で結ばれています。

↓ 中秋の名月を観る日が来ると、心の深い部分にこびり付いてしまった幼少時の「満月とうさぎ」の話を思い出します。

僕もまた、兎を通して出雲と結ばれているのかな~。 

610200

さて、

今日もまた 一日中暑い日が続きましたが突然ゲリラ雨が降り出さない限り、名月は期待出来そうです。( ↑ 山上の満月は今宵の月ではありません...借り物です

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現在 3時49分28秒ですが、本日の月の出は4時58分頃のようです。。。もう暫らく待つ事にしましょう。note

今宵、名月は必ず出る sign03

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2011年9月 5日 (月)

大いなる恋人たち。

3月21日、またしても日本はむごい災害に見舞われました。 crying

今朝の新聞のトップです。 ↓

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のろのろと北上する台風20号が紀伊半島を中心に9県で大暴れして、多数の死者・負傷者・行方不明者を出しました。

家屋などの倒壊を含めて犠牲になられた方々のお気持ちは察するに余りあります。
心からのお悔みとお見舞いを申し上げます。

様々な気象条件が重なって、台風周辺の暖かく湿った空気が紀伊半島付近へ大量に流れ込み、(総雨量が都心の1年分に相当する)1808ミリという豪雨をもたらしたそうです。

この未曽有の集中豪雨が新たに土砂災害を呼び、豪雨土砂の流入に堪えられなくなった熊野川...
この熊野川が流れる域内は森林が98%を占めていて、スギやヒノキなど国内有数の木材産地として知られています。

でも、林業の衰退で森林が荒廃し木々や土壌には水を吸収し蓄える力がなくなり...流域が急峻なこともあって...このような悲惨な大水害になってしまいました。

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さて 水害の話はこのくらいにして、本日のテーマ「大いなる恋人たち」に話題を移したいと思います。

日本は中央に高い山脈が細長く走る山岳地形になっていて、そこに突き当たった湿った空気が雨や雪となって勾配が急な河川に流れ込み、太平洋や日本海に注ぎます。

僕はこの日本の地形を(紀伊半島の例を見るまでも無く、災害は多いけれども)とても誇らしく思っています。

それは、日本は “世界に名だたる...王国”と云われるように、創世神話の頃からこの地形に育まれてきた「森林」があるからです。

何年か前に、僕は松尾芭蕉の足跡を辿る旅で「封人の家」(“蚤虱馬の尿する枕もと”の句がある。)に寄った折に、その近くを流れる「分水嶺」を見て感動した記憶があります。

分水嶺とは、雨水が異なった水系に流れる場所のことです。 ↓

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山脈から流れ落ちて来た雨水が日本海側(最上川)と太平洋側(北上川)に別れて行く運命を感じさせる場所。

一滴の雨水が集まって山脈を下り川となって海に注ぐ過程で、山林や森林の木々が育まれていきます。

日本は狭い国ではあるけれども、その国土の67%が森林だと云うではありませんか。
フィンランドやスウェーデンに次ぐ森林王国であり、大きな資源国だと思いたいのです。

森は生態系を維持します。 森は水源を涵養する機能を持っています。。 森は酸素を供給し大気を浄化します。。。
そして、森は日本人の精神的、文化的な面で力の源になってくれています。

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 heart04 大いなる恋人たち heart02 

宮城県気仙沼市にお住まいで、先祖代々家業の「カキ(蠣)の養殖」に努められてきた畠山重篤さんと云う方をラジオ深夜便(NHK 6月13日早朝4時の放送)で知りました。
よく深夜に目が覚めます... 睡眠が浅くて、割と深夜放送のお世話になります

畠山さんは、カキの養殖に必要な筏(イカダ)や筏に吊るすホタテガイの殻(中にはカキ幼種が入っている)など養殖(場)の全てを津波で流失しました。

しかし、養殖場になっている湾を一面覆っていた瓦礫を取り除いている内に、海の底にウニや海藻類が生きていることを知りました。
そして、広島の同業者やボランティアの善意を受けながら、今は再び養殖への希望と見通しが立ちつつあると話をされていました。

畠山さんは、" こうして大きな災害の後でも海は死なずに生きている..... これは森のお蔭。 森から届く綺麗な水と栄養素が海の生き物を支えてくれている" とおっしゃいます。

の恋人」=== これは畠山さんの持論であり、早くからこの事に気づかれて養殖業の傍ら植林活動にも励まれているそうです。

畠山さんは津波で実のお母さんを亡くされたそうです。。。 でも海に恨みは無いとおっしゃっています。
その訳は、海にしか生きる道がないからと語る人もいれば、海の恵みを享受しているからと話される人もいます。

今回 紀伊半島を襲った豪雨に因る被害。。。 熊野川に流れ、且つ川から溢れ出た大量の泥水と瓦礫が、今は海一帯に広がっていることでしょう・・・。

一時も早く、 森と海が恋人同士としての絆を取り戻していって欲しいものだと願わずにはいられません。 

ご参考までに:

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↑ イカダ と 水揚げされた蠣(だと思うのですが) ↓

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↑ 一流料亭のホームページから寸借した オイシソーな生ガキ。

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