2012年5月17日 (木)

ホットな話

普段にも増して今日の僕は朝から気分が良かったと云えます。 note

単純な男だから、コンナ(↓)何気ない事にも...その事を目にしたり耳にしたりするだけで嬉しさが込み上げて来て...その日一日の行動がリズミカルにはかどって行くのです。

今朝も朝刊のこの様なコーナーが目に留まって、" どうだ!" とばかりに気持ちが高揚してくるのを抑えることが出来ませんでした。
"どうだ! " と云うのは、 " やったぜ " という 自己満足なのですが・・・
 

 

米 ホットな話 1

↓ 読売新聞の二面(政治・経済・海外情勢の記事)の片隅に掲載されている「四季」という俳句のコーナーなんですが、内外情勢で何かと難しい局面に立たされている日本の現状を考える時に、この様なホッとするコーナーの存在意義は大きいと僕は思っています。

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↑ この写真 「仙台市の秋保大滝」 と紹介されていますが、どこかでご覧になった記憶ありません?

ふふふ...そうです。

僕が弊ブログのテンプレートとして使っているものと同じなんです。
昨年この地を訪ねた時に、(「滝」としては名にし負う程の有名な瀑布ではないけれど) 僕はなぜか心を奪われてコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)に収めて来たのです。

俳人の小池康生さんはこの滝を見て句に詠まれているような感じを受けられたのでしょう・・・。
俳句の世界とは全く縁のない無骨者の僕もまた、世間に聞こえのない無名のこの滝とその周りが醸し出す純な美しさに、ヘナヘナと言葉も無く放心したように心を奪われてしまったのです。

米 ホットな話 2

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↑ 当地、昨日は良い天気に恵まれました。自宅から徒歩で行ける距離ですが、その田舎町に於いてすら、今ではすっかり珍しくなった麦畑に出会いました。

素朴な光景の中に居ると気分が安らぐのです。

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↑ 当地では田植えもすっかり終わって、お百姓さんも一安心の様子です。(お疲れ様でした)

昨日の時点から騒がれていた事ですが、今日も晴れ間は見えるが午後からは雷を伴った雨が降ってきて、所によっては積乱雲が発生しやすいとの天気予報でした。

竜巻が怖いので午後は足早にあちこちと散歩を兼ねた用事を済ませて、2時過ぎには自宅に帰りつきました。

米 ホットな話 3

久し振りにお酒を買ったりもしました。

ここのところ体調が優れず、酒を飲みたいと云う気持ちにもなれないでいましたが、少しずつ元気になりつつあります。

この酒屋さんは大相撲の「稀勢の里」の熱烈なファンなのです。

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地元の牛久市出身で大関になってまだ二場所目ですが、現在 優勝争いのトップを走っている相撲界のホープです。

これまでの相撲界は外国人力士に牛耳られてしまっていて(と云うよりは日本人力士がダラシ無くて)僕なんか地団駄ばかり踏んでいました。

こうした中、日に日に横綱への期待が高まっていくものですから当地も "えらいこっちゃ、エライコッチャ " で 稀勢さま旋風が巻き起こっているのかも知れません。

しかしながら、初優勝という重圧に屈したのか、今日、稀勢の里は秘かに優勝を狙っている平幕の栃煌山に完敗しました。

星は10勝2敗と もうこれ以上は負けられない優勝ラインすれすれですが、まずは何としても優勝して、自信と弾みをつけて横綱への階段を着実に上って行って欲しいと思っています。

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秋保大滝の事、麦畑や水田の日本的風景美、そして 横綱への期待がかかる地元出身の稀勢の里関の事、等々...“何気ないこと” や “ホッとすること” ...何でもかんでも...自分のパワーにしてしまおうとする...てっちゃんです。

~~~~~ (5月21日) 追記 ~~~~~

☆  稀勢さまが優勝を逸してしまいました。
大関 把瑠都を今一歩のところで攻めあぐねて、平幕の栃煌山と旭天鵬との三つ巴戦に持ち込む前に涙を呑む結果になりました。
(以前ほどではありませんが)今場所も、脇の甘さを突かれると腰高になって防戦一方となる悪い点が2,3 見られました。
これも豊富な稽古量で克服しつつあるようですし、強烈なオッツケを武器に心技体の三拍子そろった名横綱になれるよう今後とも精進して行って欲しいと思います。
今場所は特に “ 心 ”の面で二度とない良い経験を積んだことと思います。
てっちゃんの様に親身になって応援してくれているファンが大勢いる事を忘れずに、怪我をしない様に、期待に応えられるよう頑張ってください。

 次回投稿から小ブログのテンプレートを変える事にしました。
いま緑の美しい時節であり、新緑が発する生新な空気の旨さは森の中に居てこそ味わえるものだという事...そしてそれは...これから本格的に訪れる夏場に於ける深緑の中にも感じることが出来るという事を僕は知っています。
今から1200年前に慈覚大師が山形の立石寺(山寺)を開山する道すがら仙台秋保大滝に立ち寄りました。
大師がその尊厳な景観に深く心身を捉われたとする史実を思い起こす時、憚りながら私もまた、何度かそこで(それこそ、それが“平安の祈り”と云うものなのでしょうか...緑と水の調和が織りなす風景に)言い知れぬ心の安らぎを感じたのです。

その様な訳で、そう遠くない先でテンプレートの模様替えをする時には、俳句に紹介された秋保大滝の写真に並べて自らが撮った想い出の一枚をここに残して置こうと、ふと考えた次第です。。。 浅はかな考えをお許しくださいませ m(_ _)m

じゃ、いつか又ね・・・

 

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2012年5月10日 (木)

秘すれば花

花...春夏秋冬それぞれの時節に於けるその美しさのアレコレについて、私は小ブログ上で拙い映像を添えながら数限りなくご紹介してまいりました。。

例えば...淡い色鮮やかな色深みのある色、、、等が風の吹かれようによっては寂しさを装ったり、楽しそうに踊ったり、妖しげに誘惑するかのような仕草をしたりするのですが...

それは、私がその様な目で花たちを見るからなのでしょうか?、いや決してそうではない、花たちには天賦のものとしてそれが備わっているとしか思えないのです。

だって、137億年前に宇宙が大爆発を起こして地球が誕生した時に、生命の活動に適した地球(上)の全生物が宇宙から生命を吹きこまれて(地球創造から46億年の間に人類と同じように)花もまた進化して来た訳ですから、花だってその様に表現する力ぐらいは秘かに備えて来たと思ってしまいたくなるのです。

私はその花の心情をどうしても知りたくて、しゃがみ込んで目線を同じく顔を近づけて見るのですが・・・花は言葉を発してくれませんから、心の深い部分を掴めないままで終わってしまうです。

少しだけれども理解できる程度にその答えは返ってきます。。。しかし、花はいつも寡黙で全てを語ろうとはしないのです。

「秘して語らず」というのが...花たちの掟だと...花は私に耳打ちすることもあります。

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実は今、我が小庭には 頑として秘して語ろうとしない " そのような花 " が咲いています。

今日はその花の事について、私なりにその謎に迫ってみたいと考えております。

その為には.....(私は考えたのですが)あの能楽を大成させた世阿弥の「風姿花伝」を茲許ご紹介して置かなければならないと.....。

「秘すれば花」という...例の一説です。

是非お読み下さって、私と共に「謎」解きの一助としていただければ大変有り難く幸せに思います。

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世阿弥は室町時代の1400年前後、時の3代将軍 足利義満の庇護を受けながら能の奥義を極めて行きました。

「風姿花伝」は一門の能舞台の在り方についての望ましい形を述べたもので、それは一門の隆盛を願って書き記されたものですが、その興味深い教えと同時に、この一書から “花とは?”について様々な事を学ばせてもらっています。

 浅学の身ですから、口語訳については各種参考書から引用させていただきました。 ↑ ↓

一、 “秘めておくこと” が大切だということを知る事。秘めておくからこそ、それが花になる。(あからさまに公開してしまったら、もはや花ではない

この秘めておくか、あからさまに公開するか、という)この分け目を知る事が最も大切なところである。

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そもそも、(いや、これは能楽のことだけではないが)一切のこと、諸道芸に於いて、各家のそれぞれに “秘事” があると云うのも、それは、その様に秘めておくこと自体に大きな “働き” があるからなのだ。

しかし、“秘事” などと云ったところで、その内容を知ってしまえば " なーんだ、そんな事だったのか " 大層に云う程のことでもないではないかと云う人は、“秘事”ということの大きな働きを知らないから(そんな事が云えるのだ

まずもって、この “ 花についての口伝書にしてから、そういうことが云えるではないか ”
この口伝書を公開してしまって、ここに書いてある秘事が珍しい「花」 つまりは見どころなのだな)と皆が知っていたとしたなら、能の観客は(あの口伝書に書いてあったように) " 何か珍しいことをするぞ、するぞ " と期待しながら見ることになって、

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どんなに珍しい演技を見せたとしても観客の心に珍しくて面白いという感激は起こらない。

だからこそ、見る人のためには、どこに花があるかは知らせないでおくと、(それが)シテにとっての「花」となるのだ。

かくして観客は、 " ああ、これは思いがけず面白い演技をする上手なシテだ "と驚き感心する。

そこで花とも知れぬこの秘めておいた事がシテの為の「花」ともなる。(と云う訳である)そのように秘めておいた結果が、観客の心に思いも寄らないやり方だ、という感動を催させる手法、これが、ここで云う「花」ということである。

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・・・という訳で、
世阿弥一門では「人に知らせない」という事を生涯の家訓の原理原則となる「花」に譬えているのです。

「秘めておくからこそ、それが「花」になる。あからさまに公開してしまったら、もはや花ではない。」

世阿弥は 「秘すれば花」 の一説をこの様に ↑ 結んでいるのです。

======== それでは

 
我が小庭に咲く...ある花のつぶやき 「秘すれば花」の声をお届けする前に、雑音として聞こえてくる私のボヤキにも少しだけお耳をお貸し下さいませ。  o(*^▽^*)o

今年は春先から続く天候不順に私の心身が思うようについて行けず体調を崩す日が多くありました。

春がいつ来て...いつ去って行ったのか...さえも分からないまま、無為に過ごしていた3月~4月の “ らしからぬ春 ” には本当に閉口しました。

そして更に、 “薫風” をトレードマークとする5月に入ってからも雨や強風や竜巻に付きまとわれて、今 私の気分はハチャメチャなのです。

普段から陰と陽のバランスを大事にしながら生活している私ですが、花や樹木といった自然界の営みにも...そのアンバランスな配分???... が、影を落とし始めているような気がしてなりません。

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↑ この見苦しい一角は隣家との境に2台分の車のスペースがあって、それに沿うように細長く見えるのが、実は私が大切にしている “ 花いじり ” の場所なのです。

今朝未明まで降り続いていた雨もやっと上がって、隣家とのフェンスを通して陽が差し込んで来ました。
昨晩は雷を伴った激しい雨に打たれて、私が好んで花を弄ぶ土の表面もまだ乾き切っていません。

恥ずかしながら今はご覧の通りの)閑散とした小さな花畑ですが、朽ちたチューリップはじめ萎えた花々や雑草も摘み終えたので、これからは施肥をする等...新たに土植えする花たちに喜んでもらえるような環境づくりに精を出さなければと考えているところです。

このように一年を通して手間暇を掛けるのですが、これも花たちが喜びを満面に表わして誇らしげに咲き匂う様子を目の当たりにしたいからに他なりません。

しかしながら.....花たちの中にはその様な私の苦労と願い事を分かってくれようとしない花もいるのです。

そりゃ私だって...春夏秋冬...いろんな花を狭いところに咲かせようとするのですから...中には息苦しさとストレスを感じてジッとしてられない性分の花だっているだろうとは思っています。wink

秘すれば花

私は数え挙げられない程、それはそれは沢山の花を知っています。

美しい花、可憐な花、艶やかな花、寂しげな花、、、それは...容姿だけではありません。

長年、花との触れ合いを重ねるうちに(それは何とでも、誰とでもそうだと思うのですが...)花と親しくなる方法として、私は腰を屈めて、互いに目で見つめ合い、鼻をくっつけあって、美しい容姿と芳醇な匂いを感じ取りながら会話を交わす事が一番だと思っています。
(私はちょっとだけ花たちと花言葉でヒソヒソ話が出来るようになったし、彼女たちが考えている事だって少しは理解出来るようになっています)

別に ↑ こんな事を強調してみたところで何ともナリャシナイのですが・・・

でも、本当のところは良く解かっていないのです...花たちは心の底を教えてくれないからです。

花には秘密にしておきたがる習性があるようです。。。 彼女たちには“秘め事”にして置きたい何かがある様なのです。

私は、その“ 何か ” が何なのかを知りたいと思っているのですが・・・

いや... 実は、小庭の花畑にもその様な花がいて、今も咲いているので連日しゃがみ込んでは聴きだそうとしているのだけれど、" それは花として出来ない相談。あからさまにしてしまったら花ではなくなるから。 " って云うのです。

天気の良い日なら花だって気分よく話してくれるかもしれないと私は考えて、晴れる日を待ちました。

先ほどご紹介しました花畑には今ビオラ他2種類の花が咲いていて、いずれも命の限りを尽くして、そろそろ燃え切ろうとしています。

実は(狭いながらも)我が花畑で...秘して語ろうとしない花とは...このビオラのことなのです。

ビオラは寒い冬を越して、或る時は雪に埋もれるようにそのまま絶えてしまうのではないかとハラハラした時もありました。

時季を得て盛んに咲いていた頃のビオラは、周囲をうっとりさせるほどの芳香を漂わせてくれましたし、麗しさと愛くるしさを振りまきながら、それでいて強い意志を持つこの花が...いつの間にか私のお気に入りになってしまって...毎年植え込むのを楽しみにするようになっていました。

それほどに可愛がっていたビオラなのに、いいえ...さすがはビオラと云った方が良いのでしょうか...彼女がいつも口にする事は「秘するは花」の掟だからの一点張りで、何が不満なのか、私のどこが気に入らないのか、今回もプイっと花畑を飛び出して行ったのです。

何故なのか、私にはその真意が本当に分からないのです。 ↓

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私の大好きなビオラが居心地良く住めるようにと折角入念に手を施したと云うのに、何故秘密の行動をとって黙って出て行ったのか、私には不可解な「謎」として残るのです。

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様々な種類の花を愛でて来た私ですが、 ↑これがで示した飛び出したビオラです。このビオラのように、芝や雑草が生い茂る離れた場所で新たな生命を育もうとする花をこの花畑では他に知りません。

例えば風に吹かれたタンポポの穂種がこの位置に落ちて花を咲かせるのなら私も納得するのです。

ビオラにはビオラのお家の秘事と云うものがあるのかも知れません。

この様なビオラの演出を見て、私は " 凄いことをするものだな~ " と云うのがビオラに対する第一印象であり、感激もしたのですが、でもその後は待てよと思い直し始めました。

と云うのは、ビオラのこの様な行動は今年が初めてではないのです。
ここ2~3年、(いつもこの時季になると)私にとって不測の転地と思える気まぐれを起こしているのですが、こうなると、もはや私にとってはハプニングでも何でもない訳です。

私にはビオラの深い気持ちは解かりませんが、毎年のことゆえ私がそれ程感動しなくなっているという事に、ビオラは気付かずにいるのではないのでしょうか?

普通なら " な~んだ、そんな事.....又.....なの。 " という気持ちでしょう?

私はビオラが毎年そのような行為を取るたびに、それは道路に面した門扉から玄関口に通じる狭い通路を越えた...僅かな距離にすぎないその行動を...「ビオラの小さな旅」だとか、「ビオラの大いなる野心」だとか思いながら見ていました。

だけど、待てよ!と思い直したのです・・・やっぱりビオラは凄いのです。

私がビオラのその事を “旅” だとか “野心” 等と云っていることをビオラ自身は既に知っていて、(ネタはバレテいる?)にも拘らず、ビオラが長年それを続けているという点に何かがあると睨んだからです。

ビオラはやはり並みの花ではなかったのです。 confident

秘すれば花、秘せねば花なるべからず」 ・・・ ビオラは最後まで “秘すること” を重んじたのです。
私に 見え見え だと思われながらも、何故?という理由を一切明かすことなく「秘すれば花」を徹底して貫き通しました。

世阿弥の教えにも通じる「見事な花」だと云えましょう。

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てつのつぶやき:

自分が手を掛けて育てた花...その種類は限りないし、その全てが愛おしいと思う。

一シーズンに一度しか会えない僕が愛する花たち、みんな彼女たちは美しく咲き美しく散って行く。

一年草の花たちは自らの命の儚さを知っているのであろうか、みんな健気で一所懸命に咲こうとしている。

僕はそれを知っているから、花たちに話しかけて感謝の言葉を伝えたいと思う。

もちろん黙ったままの彼女たちだけれど、その佇まい・装いを見ていると、どの花にも 「秘すれば花」 の思いが溢れている。

それは何故か? ・・・ 一途な花たちから教わる事は多い。

宗教詩人 坂村新民さんの詩が胸をよぎる。

   生も一度きり 

   死も一度きり 

   一度きりの人生だから 

   一年草のように

   独自の花を咲かせよう

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2012年5月 5日 (土)

立夏

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久し振りに今日は、澄み切った青空が早朝から広がりを見せてくれて気分も上々であった。

折角のゴールデンウィークも...4月29日だけが天候に恵まれた他は...暗雲が立ち込めて肌寒さすら感じる程に雨にも降られる等、為す術もなくダラダラとした日々を送っていた。

いや本当に私だけが感じていたのであろうか、
春だと云うのに “おおっ! 春だ!” と感動したくなるほどの春日が少なく、樹木や草花に勢いや美しさを感じることが出来なかった。

当地の天気予報を見ると、向後一週間青天が続くというのでヤレヤレと安堵しているところ。。。

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ソー、コー、しているうちに今日はもう「立夏」だと云う。

しかも「こどもの日」と重なって私はこんなに嬉しい事はないのである。
子供たちが元気に外で飛び跳ねる様子を見ているだけで...コノおじさんは幸せな気分になるのだ。

おじさんはネ、小さい子供の時分から「男の子の厄除け」として毎年この日が来ると「菖蒲湯」に浸かったのサ。

オヤジとオフクロがさ、小さい頃からずっと...オジサンが健康で居られるようにって...願っていてくれてた。。。なのに、病気ばかりして。。。

今晩?・・・そう、勿論・・・菖蒲湯に入らなくっちゃね。 買ってきた。 coldsweats01

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小庭の樹木が緑色にまぶしく光る。。。薫風かおる五月の良き日を祝いたい。

林や森の中を歩いてみたくなった。
昨年七月に歩いた東北地方の森の中で感じた風は緑色をしていた様な気がする。

五月は緑も若々しく感じるのであるが、その緑が徐々に濃く変わって行く頃、彼の地の山や森や林を吹き抜ける風はやはり濃い色をしている。

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素晴らしい時節が到来した。

待ちに待った...そう。...オジサンの時が来たのだから気合を入れなければと思うのだ。

clip (↑ 木の葉は春を謳歌する時を殆んど失ったまま、寒々と散って行った「蘇芳」の花木である。赤く蕾んだまま初夏を迎えてしまった様子が不憫で仕方がない weep

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2012年4月23日 (月)

花は艶やかに咲いてこそ...

昨日に続いて今日もまた雨です。

灰色の空に覆われて風の強い日があったかと思うと、しとしとと今日のように雨が降って、この時季にふさわしくない寒さを感じています。

大自然の意向にクレームを付けるような...その様な大それた考えは持っていませんが...爽やかな新緑の候がもう直ぐだというのに...これでは体も心もついて行けません。

人間ばかりではありません。
我が家の花たちを見ていても、苦しそうにしている表情が手に取るように判るのです。

今こそ満面に笑みを浮かべて咲いて欲しい花たちは、自信無げに天を仰いでいるだけなんですから・・・。

例えば小庭の「蘇芳(すおう)」 「チューリップ」 です。

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↑ 蘇芳には艶やかさが感じられません。(くすんだ色に見えるのです)

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花にはその妙なる姿形の美しさがあって、そのような佇まいが目に偽りなく映る所為か、それだけで人の心を癒やしてしまう...そのような美しさを持っていることに先ず敬意を表したい思います。

そして花には 雨や風など自然の状況の変化で、 ↑ もともと花が持っている美しさとは違った美しさを感じさせてくれる時があります。

結局 === ひた向きで偽らざる花の仕草はどれもこれもが美しいという事に尽きるのですが ===

でもやはり、

太陽を燦々と浴びて照り輝いている花ぐらい美しく見える時はないと思っています。
花が花としての誇りを持って天上に微笑んでみせる...その美しさこそ花の真骨頂と云うべきものでしょう。

それは.....艶やかに魅せたい .....という・・・もし花にも人生ならぬ花生があるとすれば、生涯の中で一瞬と云ってもよい美しさに違いないと思っています。

花はいつも美しく無心に咲いています。
それは、やはり “花の命は短いから” という事を花自身が悟っていて、土の中で息吹いている時から “美しく生きよう” と念じているからに他ならないからだと、僕は考えています。

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てつのかがやき:

花の心と、花の心に似た人の心を僕はいつも愛おしく思う。

短い一生を行(ぎょう)する人もまた、時を得たのであれば艶やかに咲かなければならないと思う。

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lovely

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2012年4月19日 (木)

浪漫

一週間前に読んだ読売新聞朝刊のコラム、「編集手帳」の事が心に引っ掛かったまま、以来ずっと考え込んでいます。

いつも示唆に富み、読むたびに感動を禁じ得ないこのコラム...この日は石川啄木に関する内容でした。

傍線を付けたり塗りつぶしたりしたところは私が勝手に思った要旨をお示ししたもので、それとは関係なく一通りお読みいただければ幸いです。 coldsweats01

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石川啄木は当時に於いても誰しもがその才能を認めていた岩手県盛岡市出身の歌人ですが、その豊かな詩情に胸を打たれ感涙を拭いきれないファンは今も多いと思うのです。

ご存知のように 啄木は生活苦に喘ぎながら、当時不治の病と云われていた結核病に侵されて26歳の若さで早逝してしまいました。

啄木の類まれなる詩才を認めていた多くの歌人・文人たち...例えば(与謝野鉄幹・晶子夫妻、上田敏、若山牧水、金田一京助、森鴎外、夏目漱石たちは)何かと支援の手を差し伸べていたそうです。

その様な文壇の著名人たちの心強い支援を励みとして、啄木は地元岩手や北海道、東京などの各地で投稿活動や詩集の出版をする等して、そこに自分自身を救う一筋の光明を見出そうとしていたはずなのです。

嗚呼...でも、

やまひある獣(けもの)のごとき わがこころ   ⇒  ふるさとのこと聞けばおとなし

啄木には故郷を詠んだ歌が多く・・・それは、ふるさとの山であり、川であり、時に 停車場であったりします。

私が10~20代に読んだ「一握の砂」 「悲しき玩具」など、啄木の歌集にある一行一行が可哀想になーと思う同情の涙でいつもぼやけて見えたことを思い出します。

そして今、私も病を知って、(少しばかりですが)更に啄木の心境が解かるようになりました。

啄木は “ ふるさとのこと聞けば ” おとなし だと云っていますが、おとなしくなる “  ”の中は人によって千差万別なのです。

自分の心境そのままだ・・・ 」 と敢えて云う事の出来る、人それぞれの おとなし とは一体どういうモノなんだろう?と、考えてしまいます。

逆境に陥った人には、それを撥ね返す力が無ければズルズルと立ち上がれない状況を引きずって生きて行かなければならないのが普通の状態だと思います。
 

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啄木にとって逆境を「撥ね返す力」 = 「おとなし」 は 「ふるさと」 でした。

人は逆境に遭った時に、その救いとして何を求めようとするのか...人それぞれに「おとなし」は違う筈です。

それは神仏にすがろうとする宗教であるかも知れし、身近な家族であり、恋人であり、成長する孫の存在であったりするかも知れません。

或は、毎朝 近くの小枝に止まってさえずる雀たちだったり、花や野菜に水遣りをする事だったりもするでしょう。

本を読んだり、ラジオに耳を傾けたり、食べたり飲んだりお喋りをしたり...「おとなし」は千差万別なのです。

"但し・・・" と私は思うのですが、人それぞれが大事にしている おとなし には、太古の昔から人類が脈々として受け継いできた 浪漫のこころ が組み込まれているような気がして仕方がないのです

いきなり何を言い出すのだと...私はお叱りを受ける覚悟でいますが、人の何かに対する願い心とか期待心の中には自然の力で育まれた得体のしれないパワーが組み込まれているのでは・・・と思っているのです。

私はその事を「浪漫」という言葉の中に見出したいのです。
例えば、私は半ば諦めに近い状況に置かれている時に “ どうにかなるさ ”という八方破れ的な考え方に陥る事があっても、私には秘かに縄文的浪漫の心が助けてくれるはずだから等と楽観的に成り行きに任せることにしています。

↑ 上手に説明できないでおります。 (;;;´Д`)

「浪漫」とは、啄木の良き理解者であった夏目漱石が考案した言葉だと云われています。
世にロマンティシズムと云われるものがあって、書かれているその定義が難しくて、私のようなボンクラには良く分からないのです。 sweat01

でも、さすが文豪 漱石先生考案の「浪漫」の字体にはその意味が良く表現されているように思えて、分かったつもりでいるのです。

私は啄木の詠んだ歌が自らの苦渋に満ちた生涯を「ふるさと」の情景で癒そうとしていたところに浪漫を感じています。

「編集手帳」によると、「石川啄木は1912年(明治45年)4月13日、あすで100年になる」と書いてあります。
つまり、今年2012年4月13日で大正100年を迎えた事になるのですね。

大正は遠くなりました。。。

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もちろん 私たちは大正時代の事を直には知りませんが、「大正ロマン」と云う言葉は良く耳にしましたし、私にとっては憬れの時代なのです。 lovely

石川啄木は、1886年(明治19年) ~ 1912年(明治45年)に生きた人ですから、彼自身は「大正浪漫」を知りません。

でも、詩情溢れる感性豊かな彼の事ですから、その息吹(もし、その様なものがあったとしたら)それは感じ取っていたに違いありません。

それから、
大正浪漫についてお話しする際に、石川啄木と共に同時代を生きた一人の詩人・作曲家をご紹介しなければならないと思っています。

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滝廉太郎は、1879年(明治12年) ~ 1903年(明治36年)に生きた人で、啄木よりは7歳早く生まれました。
しかし、啄木と同じように結核を患い、期待された感性と詩情を開花させることなく、24歳で早逝しました。

廉太郎は代々武家の家に生まれて東京音楽学校(現在の東京芸術大学)を出るなど、啄木が及びもつかない恵まれた生活環境の中で作詞・作曲の才能を磨いてきました。

廉太郎は主に作曲の道で名を上げたのですが、作曲家として後世に残した名曲は「荒城の月」 「花」 等があります。

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春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂(かひ)のしづくも 花と散る
ながめを何に たとふべき

見ずやあけぼの 露浴びて
われにもの言う 桜木を
見ずや夕ぐれ 手をのべて
われさしまねく 青柳(あおやぎ)を

錦おりなす 長堤(ちょうてい)に
くるればのぼる おぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何に たとふべき

                 note note

今年は “東京スカイツリーと隅田川公園の桜を背景に・・・” という触れ込みが凄かったですね。

その様な宣伝文句には素早い反応を示す物見遊山の私は、早速その満開の日に行ってまいりました。

↑ 「花」の歌詞は武島羽衣 1872年(明治5年) ~ 1969年(昭和42年) に依るものです。

武島羽衣は当時上野台東区に在った官立東京音楽学校卒で滝廉太郎の先輩にあたる人ですから、「隅田川と桜」については共通の詩情があった二人の作品は、優れた唱歌として今に歌い継がれています。

======== さて、

当時の「隅田川沿いの桜」の描写ですが、今の情景とは趣きが全く変わっていることが良く分かります。

新名所の)東京スカイツリー、林立するビル群、高速道路、遊覧船が行き交う濁りきった隅田川・・・ここには(明治~大正~昭和)の長きを生きて来た、とりわけ「大正浪漫」を知る詩人が描いた100年前の光景とは別物だったのです。

隅田川の桜のことを美しく詠みあげた「花」の曲・詩に浪漫を感じて出かけて行った私の率直な感想は「あんな所に行くんじゃなかった」 という後悔ではあったものの、反って... 春のうららの隅田川・・・ に一層のロマンティシズムを感じることが出来てうれしく思いました。

確かに...「浪漫」には「郷愁」という「おとなし」もあるのだ...と、妙に納得してしまいました。

========

啄木の事...廉太郎の事...を...思い遣りながら、私はもう一人の恵まれた「浪漫人」のことも、ここに記しておかなければと思っています。

竹久夢二 1884年(明治17年) 生 ~ 1934年(昭和9年) 没

病魔に遭う事も無く、50年間を詩人、画家として、自由奔放に浪漫を追い求めました。

妻子を持ちながら、時には世間から不埒と思われるような恋の遍歴を重ねる等・・・しかしそれが「浪漫」の第一人者と云われるほど、その画風は一世を風靡しました。

「大正浪漫」と云えば夢二の右に出る者は居ないと思います。

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↑ 代表的な夢二の絵。

夢二には 「宵待ち草」という詩もありますね。

" 待てど暮らせど来ぬ人の 宵待ち草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな "

この詩は大正7年の作で、夢二失恋の詩です。
相手は「賢子」という女性で、夢二が間もなく別れようと決めていた妻子を伴って旅をしていた、その旅先で知り合った人だと云うから。。。ナカナカなのです。 coldsweats01

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ところで、私が花見をした隅田川公園は長堤の桜並木が続く所ですが、浅草 浅草寺に近いのです。
浅草の伝法院辺りにはまだまだ浪漫の雰囲気が残っていて、私の好きな一角でもあります。

其処に ↓ この様な大正浪漫を感じさせる屋台ふう居酒屋がありました。

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と云うような訳で、この日は一日中「浪漫」に明け暮れて過ごしておりました。

 

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2012年3月31日 (土)

風の行方

今年もまた、春先から天候不順でこれから先どうなる事かと心配しておりましたら案の定です。

ご多分に漏れず僕の住むこの地も今日は朝から強い風が呻り声を上げて吹き荒れています。

何となく今年は “変な気象だぞ” と思ったのは、関東地方で春先に「春一番」が吹かなかった事でした。

春一番って、「立春から春分の間に吹く暖かい南からの強風」と云うのが気象庁が定めた春一番の目安だそうです。

そうは云っても、その様に先ず 気象庁の定めありき ではなくて、 この期にどの様な風を吹かせるかは大自然の差配つまりは 風の意向によるもの なのですから・・・今日のような冷たい寒い突風についても・・・文句は言わず、甘んじて受けなければと僕は思うのです。

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それにしても、↑ 今朝の新聞から拾った天気予報ですが、今日は全国的に荒れ模様となっているようですね。

当地では、昨日そして数日前までは暖かく雨も降らず穏やかな風の日々が続いておりましたのに、急に打って変った今日のような不穏な日は心身のバランスを失いそうで僕は苦手なのです。

でも、明日明後日の関東地方は暖かくなりそうな気配だから...ヤレヤレ気分も早々に元に戻ることでしょう...
僕は河童と違ってアタマのお皿は少々干からび掛かった方が気持ちは良好に保てるのです。
これぞ、「お天気屋」或は「能天気」と呼ばれる由縁でござりまする。 think

気になるのは風の行方です。

風は気儘であり、気まぐれだからです。。。
でも 穏やかな風であれば、それだけで良いと思っています。。。吹いた後は何処へとも告げずに過ぎて行ってしまう風の性分を僕は気に入っています。
世に「風来坊」と云われる方ならお分かり頂けると思います。 

======== ところで ========

実は今日の話は気象の話題なんかではなく、弊ブログの事についてなのです。

今まで勝手気ままに綴ってきました、この小ブログが今日の「風の行方」で415回目を迎えました。
大仰ですが、2007年2月3日の筆おろしから早や6年を経ることが出来ました事が大変嬉しく、この間アクセスいただいた多くの方々のお陰だと深く感謝申し上げます。

ちょっと最近は、へばり気味を実感していますが、今後とも頑張って行きたいと...2012年3月期 31日を機会に (←関係ないか?)決意も新たにしております。

何せ “気まぐれ男” 風の如し であります。

テンプレート上段に掲げておりますように.....「がん」という病の体験者としてのブログが主体であるべきなのに.....最近では風の性分丸出しで、その道から逸れる方角に向かっているような気もしています。
しかも向かっている方向が何処なのかさえも、自分で判らなくなってしまっています。

が...しかし、 気力だけは目下のところ充実しておりますので、「疾如風」(はやきこと風のごとし)とまでは行かないけれど、ゆっくりと風に乗って我が行方から目を離さず吹かれてみたいと思っております。

どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。

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2012年3月17日 (土)

小庭にも...さやけき春が...

今日は冷たそうな雨が細々と小さく一日中降り続いていたように思います。
面白くもない2つの芥川賞受賞作(エログロの大衆小説と思いたくなる愚作もある)を読みながら、時折 微細な雨が窓に当たってはガラスを曇らせて行く様を漠然と見て過ごしておりました。

ear。。。!...昨日?・・・ 当地 昨日は良く晴れた一日でした。。。

しかし...3月16日、とっくに春なのに、この様に晴れあがった日であっても肌に感じる風の冷たさは...今年の春の常なる事と云えましょう。

でも嬉しいではありませんかsign01

「春らしからぬ気象」と感じているのは僕のような鈍な人間だけ。。。花たちには既にいつもの春が来ていて、いち早く体でその事を感じ取っていたのでした。

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満を持して待っていた沢山の「チューリップ」たちが春の日差しを受けて顔を見せ始めてくれました。

冷たく寒い春を敬遠して遠出を拒んでいた僕にとって身近な春の訪れです。

今、我が小庭でも力強い春の息吹を目に、耳に、感じる事が出来る様になりました。

写真 ↑
手前で青い剣先を見せるのは老いた「オモト」ですが、とても元気なのです。 note
そしてオモトとチューリップの間に見える切株とヒョロっとした枝は「海棠」です。

海棠は春に花をつける大好きな花でしたが、今は咲かなくなってしまいました。
3年ほど前にテッポウムシという害虫に根元を侵されて泣く泣く切り倒したのですが、何と人知れず地中で命を紡いでいたのでした。

だから ======== 花木は健気 ======== だと思います

3日前の事です。
午後9時過ぎの事でした。。。千葉県東方沖を震源とするマグニチュード「6.1」の大きな地震がありました。

当地 茨城県南部では震度4が観測されました。

東日本巨大地震以来、茨城県に於いても強い揺れを感じる余震が(最近ではほゞ毎日と云ってよい程)頻繁に発生するようになりました。pout

その様な中で、" チューリップは偉いな~~ " と思ってしまいます。(地の動きを直接、誰よりも早く、平然と受け止めるなんて・・・

本当に ======== 花木は無心 ======== なのです

あと1ヵ月、何事も無かったかのように美しく咲き誇るチューリップの姿に感動したいと思います。

勇気をもらいたいと思います。

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2012年3月 7日 (水)

さるのこしかけ

古い日記で恐縮なのですが、

2月9日...立春を過ぎても一向に春めかない事に業を煮やした僕は、それでも少しは暖かくなって来たかな?と感じたこの日、胸をときめかしながらフラワーパークに出掛けました。

目当ては福寿草だったのですが、せっかく遠方から車を走らせてきたのに...時期尚早の咲き具合にすっかり期待が外れて...ガッカリしておりました。

諦めきれずに、他に何か春を感じさせてくれる草花はないものかと辺りを散策していたところ、この年齢にして(← どの年齢やねん...)おそらく生まれて初めてと云える珍しいものに出会ったのです。 ↓

Photo

「さるのこしかけ」です。

帰ってきて調べたのですが、キノコの仲間で枯れ木や倒木に繁殖して一年中見かけることが出来るそうで、特に珍しいものでもなかったのですね。

種類も豊富にあって、繁殖する好みの場所(風土・木の種類など)や気象条件にも左右されて姿かたちもマチマチなのです。

日本人は昔から好んでキノコを食べたがる民族なのだそうです。。。縄文時代の狩猟採集文化を今なお引き継いで生きて来たのだろうと思います。。。
キノコ狩りに出かけた人が夢中になり過ぎて道に迷ったり、毒キノコに当たったりするニュースはよく耳にします。

身近に食べているキノコ・・・「シイ茸」 「エノキ茸」 「マイ茸」・・・等は美味しいし、滋養もあって、手軽に買い求める事が出来ますが・・・
食品として手に入りにくい珍しいものとか、免疫療法や代替療法としての効果が認められているキノコ類も多数あって、危険を冒してその様な場所に入り込む人もいるようです。

「霊芝」 「メシマコブ」 「アガリクス」 等は医薬品としての認可はありませんが、これらも「さるのこしかけ」の仲間なのです。

×××サルノコシカケ」 と云う抗腫瘍成分を含んだ(僕等がん罹患者が)重宝する抗がん剤の類もそれなりの特定な人にしか分からない場所に行かなければ見つけることが出来ません。

「コフキサルノコシカケ」(ココア状の粉を吹くことからこの呼び名が付いたもの) 「ブナサルノコシカケ」 (主にブナの木に生えると云われる) が、その様な類に入るのでしょう。

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左:「コヒキサルノコシカケ」
右:「ブナサルノコシカケ」

「コヒキサルノコシカケ」は多くの「さるのこしかけ」の中でも最も免疫力の強いキノコとして高値で販売されているそうです。

「ブナサルノコシカケ」は山奥の厳しい自然環境の中で生き抜いてきたキノコだけに、抗がん剤としての効果もありそうですし、希少価値という点からも高値で取引されているようです。

↓ これは、僕が宮城県(仙台市秋保の慈眼寺近辺)を旅して来た時に目にした32キロもある大きな「さるのこしかけ」です。
種類を聞いてこなかったのですが、人も踏み込まない山奥で猟師が見つけて来たものでしょう...今では単なる見世物として置いてあるだけです。

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ところで。。。

「さるのこしかけ」と云う題で宮沢賢治が童話を書いていたのをご存知でしょうか。

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自宅裏山の栗の木に「さるのこしかけ」を見つけた楢夫という少年が、いつの間にか寝てしまい夢の中で多くの子ザル達とある冒険をするのですが、天に伸びて行く木のてっぺんから落ちて目が覚めるという話です。

ご存知のように宮沢賢治は岩手県出身の民俗学者ですね。 民話や昔話には民俗学と云う観点から興味深いものを感じています。

宮城県秋保(あきう)地方にも民話が方々に残っていて貴重な話が語り部により語り継がれてきているようなので、今年の夏は実地見聞して来ようと今から楽しみにしているところです。
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今日もまた毎度の事で、話に纏まりが無くて反省しています。

今晩は “さるのこしかけ”の夢を見そうな予感がしています。

では 皆さん・・・おやすみなさい。




 

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2012年3月 2日 (金)

八方ふさがり

僕にしては大変珍しいことなのですが、世間全体に重苦しい雰囲気が漂って圧迫されそうな閉塞感から思うように抜け出せず... かれこれ1ヶ月が経とうとしています。

思えば...
豆まきを終えて、それが譬え暦の上だけであっても... 閉ざされて過ごした冬という時節に別れを告げて... 万物が胎動し始めるという「立春」を迎えた訳ですから...
いつもであれば、"春到来"と聞いただけで僕の心身は踊り出さんばかりに嬉々として反応するのが普通なのですが、いまだに陰(いん)のムードから「陽転」できないまま悶々としているのです。

普段 テレビのチャンネルはNHK“ニュース 7”を楽しみにしている程度なのですが、昨今それすら見なくなってしまいました。

報道される内容の全てが暗く、事態の解決が遅々として進まず、いつまでも展望を描けないまま不安をかこっていなければならないからです。

政治不信・怠慢・政策欠如/不確実性。。。 経済の先行き不安(就活/失職/将来設計)。。。 凶悪横暴な社会問題。。。 どこに明るいニュースがあると云うのでしょうか。。。 pout

将来を見据えながら “ よーし、やったるで~! ” と、こぶしを握る程の勇気が湧いてくる「感動」がどこにも無いのです。

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この現象は、長年続いた無為無策の自民党政権とそれを見限った国民(僕もその一人)が民主党を望んで政権を委ねたものの、彼らも大きく期待を裏切ってしまった・・・

でもそれは、いわば有権者である我々に責任の大半があって、 そのツケ が回って来たということなのでしょう。

・・・この八方ふさがり・・・ 先ずは我慢して・・・僕は、身近なものの中で “ 何か やる気になれる事 ”を見出して行こうと考えています。

どんな些細な事でも良いから、凛として勇気に結び付けられるモノ捜しを始める事にしました。

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昨今、天を仰いで見ても 雨雲が一面を覆っているし、冷え冷えとした地面に目をやっても 花は元気なく萎れて色香を漂わせてくれません。

とは云っても...でも今日は...早や3月2日 ... そして明日は心ウキウキと春の祝い酒でも飲みたくなる「桃の節句」なのです。

先日、すっかり落ち込んで冷え切ってしまった心に " もものせっく...もものせっく... "等と暗示を掛けながら、今月満2歳の誕生日を迎える孫娘の為に、雛祭りの祝いを兼ねつつ、祝いの品を買いに行って来ました。

だからといって、まだ何も分からない2歳児のことですから、高価なものではありません。

Photo← ささやかな孫への贈り物とはいえ封を開けてお見せできないのが残念ですが、中には小さな「オルゴール」が入っています。

湿っぽい世の中なので明るく軽快なオルゴールの音色なんかどうかな? 等と、先ずは僕の好みに合わせて買いに出かけました。

曲目は notes 「星に願いを shine」です。
まだ分別の付かない孫ですが、ディズニー系のキャラクターや動きが好きな様です。
ねじを回して曲を掛けると中の木馬が回転してこのメロディーが流れる仕組みになっています。

初孫の乱暴な仕草に堪えて商品が長持ちするかどうか心配ですが・・・気に入ってくれれば僕は何よりの幸せ・・・
その時は “頬ずり” させてもらおうと思っています。

僕も幼児に劣らぬ単純な男ですから、こうした孫娘のほっぺのプチプチ感 すべすべ感に癒やされて...我が心は一挙に上昇気運に乗りながら...何事にもヤル気満々に転じる事だってあり得るのです。

ところで、オルゴールを扱っている店って案外少ないのですね。
日本の名だたるオルゴールメーカーの品々は主にネット販売されていますが、調べたところ千葉県の某デパート(JR千葉駅の近辺)が自宅から最も近く、品数も豊富に揃っているという事が判明しました。

ここでなら実際に商品の特徴・曲目・音色などを確認しながら購入することが出来ると云うので、孫可愛さのあまり出かけたのです。

自宅から car で 約1時間半...(電車ではなく)マイカーでの千葉行きは3年ぶりの久々でした。

丁度3年前の3月に僕は長年お世話になった患者会を退会したのですが、その会が千葉に在ったこともあって、5年間通い慣れた懐かしい道を走りながら二つ目の癌を罹患して悩み抜いていた当時の事、楽しく学ばせてもらいながら元気を取り戻していった患者会の事、、等々を思い出していたのです。

このような良き追憶に浸りながらも、その中に閉塞感を突き飛ばす新たな勇気を感じることも出来たのです。

患者会でお世話になった方々の中には、自ら癌サバイバーとして、がん患者支援・相談窓口に立ち、今では多方面に亘って活躍されている方もいます。
(先日も懐かしい写真が新聞に掲載されていました。メガネを掛けられていた所為か、うっかり見落とすところでした

こうして、昔の患者仲間が元気で忙しく飛び回っている様子を見聞きするだけで、僕自身もまたパワーを貰い、勇気凛凛となるのです。

~~~~~~~~

「どんなに“八方塞がり”の状況にあっても、何か一つだけでも身近な事を自分にとって幸せと感じる事で打開の道に明かりが灯ることだって大いにあり得る」・・・

"明るく視界が広がって行く、その様な道を見つける楽しさ"を感じ始めている僕でもあります。

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2012年2月24日 (金)

縄文のこころ

今月初旬、
東北6県の知事が一堂に会し、東日本大震災からの復興をテーマに意見交換する「第7回東北サミット」が行われたようです。

読売新聞一社による主催、地元テレビ一局の後援という...地味な催しもの(←失礼)だったこともあってか...報道は控えめだったように思います。
それでも会場では、520人の聴衆が熱心に耳を傾けて(7回と云う実績が示す通り)有意義な会議だったという事が窺い知れます。

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↑ 当日は、青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島の東北6県の知事に加えて、芥川賞作家であり、福島県の名刹 福聚寺の住職でもあり(福聚寺は原発事故現場から40キロしか離れていない三春町に在ります)、震災復興構想会議のメンバーという肩書をも持つ、玄侑宗久さんの特別講演があったと云うのですから...玄侑ファンとしては是非聴いておきたかったなと残念に思っているところ。。。

玄侑さんのお話のタイトルは 「絆」 こそ底力 というものです。

以下...が話の要点なのですが ...

Photo_4東日本大震災が発生した時の日本人の冷静な対処法や被災者同士が互いに助け合う姿を見て、世界中の人が日本人(東北人)を称賛したという話。

東北地方は縄文時代(15000年前~3000年前の間を云うのですが)に於ける狩猟採集文化の中心地であり、その頃から集団で生活する力があったという話。

その為か、東北の人々は人間関係が濃く、例えば近所の家に縁側から上り込んでお茶を飲み、親愛の情を示す文化があるという事。

このような東北地方の文化を煩わしい一面として捉える人もいるけれど、これがいざという時のセーフティーネット(安全網)になるという事。

等々を主点としておっしゃっています。

そして、残念ながら高度経済成長の中で進んできた日本の方向性は「そうした文化を煩わしいものとして排除する事であった」と指摘されて、人とのつながりを断って核家族化していく社会の危うさを示唆されるのです。

...そうして 玄侑さんは、

「東北地方は経済発展の面で中央都市より遅れているものの、親愛の情や厳しい自然を生き抜く雄々しさが残っている。 「絆」や「雄々しさ」こそ震災後、世界から称賛された東北の底力だ ”・・・と結論付けされるのです。

=== てつのかがやき ===

狭い日本だけれど、その土地土地に住む人々の事を、例えば九州人とか東北人とか総称して呼ぶことがある。

僕は東北地方に生まれながらに住む人たち、東北人の事が好きで好きでたまらない。
一つ一つの気持ちの持ち方が、事に処する時の構え方が、とても良いのだ。

豊かに育まれた自然の美しさ、その有用性に一たび身を置くとき、まさに縄文時代から受け継がれてきた何か大きなものを感じるのである。

そのようなものを知らず知らずのうちに、当然のことの様に、受け入れて来た東北の人たち・・・
それこそが玄侑さんのお話に通じる「縄文のパワー」なのだろうと思っている。

僕は東北の地に魅せられて、(年に一度だけれど)この地を訪ねる様になって 5~6年は経過していると思う。

縄文のこころ 」 に触れたいという馳せる想いが年を追うごとに強くなっていく。

(別に気が触れた訳ではないが・・・ wobbly)その昔、自分が縄文人ではなかったかと考えたりなんかもする。
僕は今から1万5千年前に縄文人として丸木舟に乗ってこの日本の地にやって来た記憶があるんですから (;;;´Д`) 

今、僕は玄侑宗久さんの東北人に関する講演内容を読んで勇気凛凛として来ている。

東北を訪ね歩く...僕の小さな心の旅...今年の夏も精力的に廻って来ようと強く思っているところであるが、冒頭の会議の結果が着実に実を結ぶものであって欲しいと願わずにはいられない。

それは、縄文人の祈りにも似た気持ちなのだよ。

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2012年2月10日 (金)

まだまだ寒くて...

昨日、今日 ...ひと頃に比べると多少は暖かくなって来たなとは、感じています。

確かに立春を過ぎた辺りから日照時間も長くなって、ここ田舎町のカラスたちの動きを見ていても、カー、カー ♪...と、ねぐらに帰る時間も遅くなってきたように感じられるのです。

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↑ 蘇芳の枝越しに見える三角屋根のアパート、金色で表示された「ロイヤルシャトーC」の文字が正面からの西日を受けて反射し始めるのも、この時季 夕方5時...いつもの光景なのです。

北陸・東北地方からは、身の丈以上に降り積もった大雪が(一時的であれ)止んで、気温も上昇中だとの話がテレビ・新聞から伝わって来ます。(それはそれで又、痛ましい事故を誘発しているのですが・・・

昨日は僕もポカポカ陽気に乗せられて、春を見届けたい気持ちに駆られて、遠方にあるフラワーパークに行って来ました。

気になっていた「福寿草」や如何ばかりと、愛車(1000cc と小さいのですが・・・)を飛ばして様子を見に行って参りやした。

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でも、東北地方の猛烈な寒気がこの界隈にまで及んでいて、すっかり期待を裏切られてしまったのです。

頭に描いていた...辺り一面に咲いている福寿草は...所どころに散見されて元気が無く、寒さに気落とされたかの様に芽や蕾の状態のまま、咲くに咲けないでいる様子が目に付きました。

Photo

僕にとって今年の春は、まだまだ "遠くにありて想うもの"だったようです。

Photo_2それから・・・

← 僕んちで真っ先に春到来を知らせてくれる花が、この水仙なのですが、今年はその気が無さそうなんですぅ。

黄色い花を付けるのですが、その兆しさえ見せないのですから・・・

因みに、本日テンプレートに採用した水仙は、2008年2月24日の時のものです。

(2週間後に咲いてくれる事...期待してるからね...と云ったのですが、その約束事の返事は未だに貰っていません。)

自然が、花々が、身をもって示唆している様に・・・まだまだ寒いまま春になってしまったのですね。

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この日、数少ない福寿草を追いかけ回していましたら、その柵の下の足元に置いてある伐採した枯れ木に、「さるのこしかけ」が元気に息づいているのを発見しました。

「さるのこしかけ」と云えば、東北出身の宮沢賢治さんの作に同名の童話があったことを思い出して写真を撮って来ました。

東北の童話や民話などにも興味のある僕です。
次回(いつになるやら、僕の事ですから・・・分かりませんが・・・)「さるのこしかけ」の事などお話しできればと考えております。

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2012年2月 4日 (土)

鬼のこと

昨日は2月3日、節分でした。
368208_2古くから日本に伝わるゲンを担ぐ行事とでも云いましょうか、「豆まき」は毎年我が家でも欠かしたことがありません。

今時は、豆もこの様に小さなパックに入っていて、“福は~うち”と撒いた後の片づけが楽なので。助かります。

でも、
“鬼は~外”の掛け声時には、パックを裂いてバラにした一粒一粒を鷲掴みにして鬼にぶっつけます...そうでもしなきゃ迫力が無いし...鬼だって逃げませんって。

さて、今日から我が家には鬼は居ませんよ。(昨夕、暗くなった頃を見計らって、全ての部屋を開放して鬼退治をした訳ですから...♪)

そりゃ、僕だって鬼は怖いもん。

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そうしながら...一晩明けると、

Photo今日から待ちに待った春です。

いつも"暦の上では"という但し文句が付くのですが、今年は何だか例年にも増して寒く感じられます。

♪ 春は名のみの風の寒さや...♪ 

♪ ...今日も昨日も雪の空 ♪ ♪  「早春賦」の歌の通りですね。

本来は楽天的でその気になり易い僕ですから、春来たりと聞けばコンパクトデジタルカメラを腰に提げて春を探しに行くのですが、今年は全くその気になれないでおります。

気まぐれな性格でもあるので、いい加減と云えばいい加減なのでしょう...現実に即した生き方をしているかと思えば、豆まきに見るような験(ゲン)を担ぐ生き方...も大事にしているんです。

例えば正月...
毎年決まった神社での厄除け・安全祈願や屠蘇散で厄除け
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等々 変なコダワリの中で生きる事も大好きなんです。

ゲンを担ぐの「験」とは、(平安時代から使われているのですが)「仏道修行を積んだ効きめ」という意味があるそうですね。
例えば、加持・祈祷の効果があった場合に「験」が良い(前兆がよい)と云う様に使われます。

さも知っているかの様に偉そうに書いていますが、全て「広辞苑」から引用して来たものですから大したことではないのです。

ところで再び「鬼」の話をしたくなりました。

僕のブログには「気まぐれ日記」と云うカテゴリもありまして、徒然に気まぐれにアッチ行ったりコッチ飛んだりして、最後は自分でも訳が分からなくなると云うのが特徴なんです。

広辞苑を見ていると鬼に関する諺が沢山あって...鬼って怖い一面もあれば、割と可愛い一面も持ち合わせているんですよ。

鬼の首を取ったよう・・・(非常な功名を立てたように喜ぶことのたとえ)

鬼が住むか蛇が住むか・・・(人に心の底にどんな考えがあるか、測りかねる事)

鬼が出るか仏が出るか・・・(前途の吉兆がはかりにくい事)

鬼が笑う・・・(実現性のないことをからかっていう語)

鬼も十八、番茶も出花・・・(鬼でも年頃になれば美しく見え、番茶も出花はかおりがよい)

鬼の目にも涙・・・(無慈悲な人にも、時には慈悲の心が生ずることのたとえ)

鬼の居ぬ間に洗濯・・・(遠慮する人のいない間に、命の洗濯をする...思う存分心がくつろげること)

~~~~~~~~

僕がよくオジャマする宮城県鳴子温泉郷の奥に「鬼首温泉」という間欠泉や地獄谷という熱湯を湧出する源泉群があります。

この近くに「大竹丸」と云う賊の首領が住んでいて、悪い事ばかりしておったそうな。
時は今から1200年前の延歴20年、征夷大将軍であった「坂上田村麻呂」が東夷の折、鬼と呼ばれるこの首領を山中で征伐し、首をはねたそうじゃ。
(当時朝廷に抵抗した地方豪族達は「鬼」と呼ばれていたんじゃよ)

それ以来この地の事を「鬼切辺」と呼び、やがて、いつの間にか「鬼首(おにこうべ)」に変わって今に語り継がれているんじゃという。

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↑ これは2010年7月、鬼首温泉に行く途中の清流に掛かる橋の袂で、僕を待ち伏せしていた鬼たち。

今年も7月に、この優しい鬼たちに会いに行こうと思っています。
「鬼首」と云う温泉郷は、鬼が居ても 湯ったりと心ゆくまで命の洗濯が出来るからハッピーなんです。

ear・・・えっ?・・・

勿論です。。。今年もまた験を担ぎに仙台秋保の「慈眼寺」を訪ねて、塩沼亮潤師の護摩祈祷を受けて来ようと考えております。

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2012年1月25日 (水)

凹たれないでマイペースさ!

今日は「上咽頭がん」の定期診察日であった。

定期診察と云っても半年に一度の症状の変化や経過を頭頚科(耳鼻咽喉科)と放射線科の二人の主治医に報告するだけの事である。
(勿論、僕のその報告が本当に間違いないものかどうかについては鼻から内視鏡を通して診てはくれるが、実のところ10年に亘って一度も報告に誤りは無かったのだ。)

頭頚科 10:30 、 放射線科 11:00 の診察時間に遅れないように、車で自宅を8時半に出た。

自宅から病院までの所要時間は小1時間であるが、昨日の積雪の影響もあろうかと思って更に多少の余裕を持って出かけた。

心配していたスリップ事故始め雪害の影響も無く、車の流れは思いの他スムーズで病院には早く着きすぎてしまった。

早々に総合受付を済ませて、頭頚科受付の前にある待合コーナーで主治医の呼び出しアナウンスを待っていた。

事がスムーズに運んだのは道路事情だけではなかった。。。
驚いたことに診察を待つ患者の数がいつもより可なり減っている...半年の間に病院側或は患者側に何か対応の変化でもあったのだろうか、と余計な気を揉む。
交通事情を見越して日を改めた患者も多かったのかも知れないが・・・

頭頚科(の受付)は2階に在って、「乳腺外来・婦人科」と同じカウンターにある。
だからカウンター前に設置された待合ルームも相席なので何となくバツが悪いけれど、状況は良く分かる・・・空席が目立つ。

この分だと診察時間が早まるかも...と思っていたら...案の定、売店で買った新聞を広げる間もなく名前を呼ばれてしまった。

いつも、病院で過ごす時間は2時間以上が当たり前と踏んで出掛ける僕であるが...当てが外れて困ってしまう程であった。

と云うのも・・・

早いもので ココの「がん専門病院」に通い始めて、もう10年の歳月が流れたのであるが、がんが寛解現在はお世話になっていない腫瘍内科の主治医談)した後は再発も転移も一切何事も無く...だから変な云い方なのだが...病院にいる間は護られているという安心感があって、その意識がある以上、病院に身を置いている時間がとても楽しく、時に軽食を取りながらがん関連の書物に限らずリラックスして雑誌類にも目を通したりして、快適に過ごしていたのである。

そりゃ僕だって「がんは怖い」...だけどソイツが牙をむいていない間は、僕にとって病院は居心地の良い空間なのだ。

いま僕が気を使っているのは既に10年も顔を見せない癌ではなく、その後遺症とか副作用の症状一つ一つであって、結構これ等への気遣いには辛いものがあると云うのが正直なところなのだ。

辛い症状が10年間続いている後遺症もあれば、半年前には見なかった新たな後遺症もある。

同病者は皆 同じ悩みを抱えていると思うのだが、夜中に痰が切れなくて十分な睡眠が取れないまま不快な日中を過ごす事も多くなって来た。

それに加えて顎や舌の付け根が引きつったように動かなくなる症状が最近出て来るようになったのも、
痰を切ろうとしてガーッ、ガーツとばかりに顎や喉や舌下の周辺に無用なリキミや負担を掛けているに違いないのである。

当時 癌を撃退するための放射線治療はやむを得ない選択肢であったとは言え、自宅に居ても何処に居ても悶々として耐え抜かなければならない後遺症候群の事は具体的に知る由もなかった。

~~~今日の診察で放射線科の主治医に “こんな後遺症なんてあり得るのか?”って聞いてみた~~~

ボク:「せんせ、せんせ、僕は最近ですが舌の先で口元を左右まんべんなく動かしながら髭剃りしてると、舌が麻痺した状態になって動かなくなるんですぅ」

せんせ:「(舌のアチコチを触診したりファイバースコープで周囲を診たりしながら) “異状ありませんよ”」

ボク:「いや、だって、せんせ、今朝ここに来るときにも剃ったんだけどぉ...顎と舌とその周りが引きつって、お茶を飲もうとしても吸い込めない程だったよ」

~~~~~

・・・ そうそう。何年か前に、僕は主治医に助言されたことがあったっけ・・・sad

“Aさん、大きく口を動かす練習をしてください

あ ・ い ・ う ・ え・ お ・

(あっかん...)えー (と云いながら、舌を思いっきり...ち切れるんじゃないかと思うほど長~く出して...)

これだ! 上咽頭がん患者が放射線治療を受けた後の「口腔筋トレ」の基本・・・忘れていた。

========

せんせ:「Aさん、治療始めて丁度10年ですね。 もう10年か。これからは6ヶ月に1回の診察ではなく、1年に1回の診察にしましょう。 。。次回はH25年1月30日です」

ボク「あ"~~、せんせ...だいじょう...? (僕は居るだけで心落ち着く大好きな病院から見放されたような気持ちになって悲しかった) (せんせ! あまりにも唐突とちゃうか?

頭頚科は(放射線科よりも診察が早かったので)従来通り半年後のH24年8月1日のようだが、いずれ同様に年に1回の診察になるだろう。

てつのつぶやき:

「嬉し」「悲し」の僕の心情であるが、やはり当面は「不安」が先行するかもしれない。

長らく安らぎの場所として慕ってきた病院から突然の三行半を渡されたような気分でいる。

ま、でも本来はこれが当たり前なのである。

心の「拠りどころ」とか「つっかえ棒」なんて・・・あれば有難いけれど無きゃ無いで済ます事も出来る・・・そんな強さが人には生まれながらに備わっているのだから。

人には「自然の治癒力」が備わっている。
その治癒力に夫々が持つ「マイペース」と云う調味料を少し加える事で病を吹き飛ばすパワーが生まれて来るものと信じている。

冬に久しぶりの雪が降って枝葉が覆われたとしても、春になれば...そこには、ちゃんと花が咲くのだから。

人も自然も、万物は全て同じ事だろうと考えるのである。

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↑ 昨日は今年初めての積雪で、一面の白い世界を見て童心に帰った僕の心は躍った。
冬は寒く、心も凍りついて沈みがちだが、雪が降ると状況がパッと変わってくるから雪のパワーは凄い。

やっぱり雪は妖精だ。

その妖精の力を得て木枝は「蘇芳(すおう)」になるのであろう。

↓ 雪の妖精は陽気みなぎる春の妖精に姿を変えて美事な花を咲かせるのである。

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このパワー ・・・ 僕にはある ・・・ あなたにも ・・・ lovely

~~~ なーんか今日は疲れた ~~~何を云わんとしているのか、自分にもさっぱり ・・・わからん ・・・ ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

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2012年1月21日 (土)

大寒にも臆せず

今日は大寒ですね。

200_4二十四節気の24番目、つまり今年最後の季節の変わり目を迎えました。

寒入りの小寒(1月5日)から立春前日(2月3日)の節分までの間、寒さが最も厳しくなるのがこの頃だと云われています。

僕はいつも感心するのですが、季節は必ずその時を忘れずに正確に巡って来るものなのですね。

今朝、「大寒」は約束通りの厳しい寒さを伴って我が家にも訪れて来ました。
それは...痩身の身には真に堪えるのですが...文字通り “骨身に沁みる”寒さでして、先日ユニクロで纏め買いしたヒートテックのタートルネックも役に立たない程なんです。

我が小庭の花たちも、寒さに震え上がっております。。。最近長期にわたって雨が降らなかったこともあってダメージは大きいようです。(気の毒で...映像アップは出来ません

でも この厳冬の中で、早朝から頑張って咲いている花木がありますので今日はこちらをご紹介しようと思います。

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万年青(オモト)の赤い実です。 ↓
実を付け始めて随分長くなりますが、これは枯れて勢いの無くなった古いオモトから株分けしたものが成長したもので、映像の左下に見えるゴツゴツした根っこが逞しく伸びています。

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↓ 蝋梅(ロウバイ)です。
昨年の12月頃から咲き始めて(満開の時期はとっくに過ぎましたが)蝋細工のような黄色い花を付けて甘い香りを放ちます。
シーズンを過ぎても、まだまだ蕾みを沢山付けて咲きたそうにしているのですが、この寒さが咲かせてくれないのかも知れません。

どんよりと広がる空が寒冷えを演出しているかのようでした。

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こちらは ↓ 夏から秋にかけて、見事な果実を付けて(年に一度の大きな仕事を終えて)ロウバイの傍でじっくり保養しているかのようなフェイジョアの木です。

昨年は予想外に多くの花が咲き、実がなってフェイジョア酒を沢山造りました。
残った果実は方々におすそ分けしたのですが、それでも処分に困って、この様に木の根元に返して上げたのです。

来年も大きく茂って多くの果実に恵まれます様に。

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=====この様に大寒にも臆することなく元気いっぱいの花木たちですが=====

そうこうしているうちに寒い冬も峠を越して、やれやれ、 あと2週間もすると節分です。

そして...その翌日は立春ですよnote

僕は春になると...思いっ切り身軽になって外に出て、陽気を含んだ空気を軽やかに吸って、凛として胸を張って生きて行こうと思います。

思い起こすと昨年は厭な年でした。
今年は例年よりも仰山豆を撒いて皆で鬼をやっつけようではありませんかsign01

今年は「一陽来復」の年だと思っています。

被災した東北地方のアチコチからようやく明るいニュースが届き始めました。。。“グルメで町興しを”という皆さんの掛声が合言葉の様に方々から聞こえて来るようになりました。。。
大寒というと美味しい酒が仕込まれる時期ですし。。。東北の皆さ~ん、今年も夏にお邪魔したいと考えています。。。よろしくお願いしま~す。。。

皆さんと一緒に食べたり飲んだりしたいのです。。。

今年はゆっくり温泉にも浸かりたいと思っています。。。
去年は津波で壊滅的な被害を受けて命辛々逃れてお出でになった南三陸町の方々と宮城県鳴子温泉郷でご一緒した事が今も忘れられません。(もう其処にはお出でにならないかも知れませんね
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↑ 温泉大好きの僕は右から2番目です。

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2012年1月 9日 (月)

頑張ろう!...若者たち。

僕は今日、この日が来るのを心待ちにしていました。

今日 晴れて成人の日を迎えられた若人の皆さーん、大人への仲間入り、おめでとうございます。

250180_2昨年3月11日に突如として襲って来た、あの東日本大震災から10ヶ月になろうとしています。

目を覆いたくなるようなあの日の恐怖の瞬間を決して忘れる事はありません。

海外で成人式を迎えられた方を含めて全国津々浦々で「今日」という日を迎えた全ての新成人の皆さんも何かにつけて「あの日」の悪夢を忘れたことはなかったに違いありません。

「今日」というお祝いの日にあたって、「あの日」という日本中を悲嘆のどん底に落とし入れた不幸の日々...(もうこれ以上クドクドと申し上げますまい・・・オジサンは黙っているべきかも知れません

今日は祝いの式典が各地で催された事と思いますが、東北地方でも特に被害が甚大だった福島・宮城・岩手在住の新成人の方々が
どの様な思いで式に臨まれて,どの様に大人としての感想と決意を述べられたのであろうか・・・その意味で今年の成人の日はとても意義深いものがあるし、関心があります。

これからは、大人になった事の意味を自覚し自らの判断と力で生きて行かなければなりません。
日本の復興は皆さんの手に委ねられていると云っても過言ではないのです。
(震災後の復旧復興だけでなく、長らく続いた政治の怠慢がもたらした人心の荒廃、日本人としての誇りの欠落について皆さんを中心に取り戻して行って欲しいのです。)

元はと云えば、それを見過ごして来たオジサンたちが一番悪いのだけれど... m(_ _)m

今回の震災を教訓として、日本は今、総合力を発揮しながら大きく飛躍しようと動き始めています...忘れていた「和」の力が蘇りつつある様な気がしています。

日本は大丈夫です!  被災地が起爆剤となって、早期のうちに必ず立ち上がります 

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↑ 僕は国旗を掲げて今日の良き日を祝いました。

lovely ━━━☆・‥…頑張ろう 若者たちsign03 ・‥…━━━☆ lovely

てつのつぶやき:

僕は日本の底力をこよなく信じている男だ。

今年も東北地方を巡って来たいと思っている ...耳に心地よく響いて来る復興への槌音を聞きに。

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僕は東北の事がいつも脳裏から離れず、正月も宮城県の銘酒 「一ノ蔵」を手にしながらアレヤコレヤと考えながらチビリチビリやっていた。

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初めて飲む酒だし興味もあったので、どんな酒だろうとラベルを読んだ。

僕が買ったのは「超辛口」でアルコール分も高めのようだ。
いや~...まっこと超辛ぇーこと、辛ぇーったらありゃしない。

「一ノ蔵」にも種々あって、「超辛口」~「辛口」~「甘口」があって、価格帯もピンからキリまでのようだ。

今年は地元の居酒屋で海の幸を肴に飲みたいものだ。(その時は「甘口」を注文しようと早くも決めている ♪)

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量はたくさん飲めないけれども、宮城県には他にも銘酒と呼ばれるものも多く 美味しいものを沢山食べて、僅かでもお金を使って帰って来るのも...復興の一助になるのでは...等と勝手気儘に考えている。

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2012年1月 7日 (土)

めでたさも中ぐらいなり...

おらが春・・・

めでたい事は今年も程々で良いと思っています。

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と云いながら、正月2日 今年も沢山の願い事を胸に秘めて、出雲大社常陸分社まで初詣に行って参りました。

この日早朝に参拝を済ませた後、(小宅の恒例行事なのですが)午後から子供たち夫婦二組に集まってもらって、ささやかな新年会を開きます。

その二家族の皆の健康と平穏な日々を先ずは祈願しておかなければと、親バカは出かけて行くのでございます。

早朝の参拝と云っても、おら一人で6時ごろ家を出立し、愛車で約80分の距離にある笠間市まで直行して10時を目途に戻って来るだけの事...。

↓ 出雲大社は笠間市街からは少々離れた所にあります。
四方は小高い山や丘が広がり、出雲大社自らもその様な丘の高い位置に在って、その荘厳な佇まいが国道50号線の車列の人々にハッと息をのませます。

出雲の神様は漁業や農業の神様でもあります...平地だけでなく、山林や丘陵の農産物の豊穣を今年も見守ってくれているかのようでした。

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↑  () 国道50号線   () 東関東自動車道

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↑ 出雲大社 参拝殿(神楽殿)です。 本殿はこの奥にあります(もちろん進入禁止)
左端横向きの方が大国主命(オオクニヌシノミコト) 右端(日付の上)が樹齢数千年の大黒柱

正面の「注連縄」は出雲大社特有のものですが、この縄の先(下を向いている3ヶ所の先)にコインを投げてうまく刺さるとご利益があると云われます。

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↑ 出雲大社に参拝すると多くのご利益を授かります。
特に、「医療の神様」 「縁結びの神様」 「幸運開運・災難除けの神様」としてお参りする人が多いようです。

出雲大社に来ると不思議に心が落ち着くし、だから “お願い事は一つだけ” と思っても、ついつい次から次に多くの願掛けをしてしまうのです。(今年もダメな男です)

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今年も「破魔矢」 ↑ や、「交通安全」のお守りを貰ってきました。

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てつのかがやき

過日、がん緩和医療医 大津秀一さんの著書「死ぬ時に後悔すること25」を読んだ。
これから先 おらが“悔いのない人生”を全うする為にも、この日是非「縁結びの神様」にお願いしようと秘かに考えていた事が二つあったんやで。。。

一つ:記憶に残る恋をしなかったという後悔 ⇒「恋の相手が "アタシよ~"って、早く現れますように」

二つ:パソコンに我が命の炎を吹き込まなかったという後悔 ⇒大勢の人達との「ブログの縁」が広がって行きますように」

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おらが春・・・今年は、な~んか良い事がありそうな気がするのである note

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2012年1月 1日 (日)

迎春

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2011年12月22日 (木)

被災地の冬は寒かろうに...

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今日は冬至でした。

年間 二十四節気の中で、最後の節気になります。

今年三月、海の幸と山の幸に恵まれた豊かな風土、東北地方に大震災が凄惨な爪跡を残して去って行きました。

あの日のことを私は一日たりとも忘れる事はありません。

私たちは東日本大震災を通して、自然と共に生きることの有り難さと大切さを身に染みて再認識する事になりました。

私は震災から4か月ほど経た夏の初め、被災地のことを思うと胸が締め付けられて居ても立ってもおられず、(宮城県だけでしたが)鎮魂の訪問をさせていただきました。

そして...今はもう冬。

被災者の方々が、どんなに心細く寒い思いをされているのかを案じる時、(行っても何の役にも立てない事は分かっているのだけれど)今すぐにでも出かけてみたい衝動に駆られるのです。

あの日さえ来なければ...例年の様に、暖房の効いた自分の家で、家族が団欒を組み、話も温かく弾むはずであったろうに...

~~~~~~~~ 今日は冬至 ~~~~~~~~

ゆったりと風呂にさえ入れない状況ではありましょうが、今晩は皆で「ゆず湯」にでも浸かってもらいたいなー。

てつのつぶやき:

今年はあまり良い年ではなかった様に思う。

日本各地では洪水、火災などが頻発したし、世界の国々を見ても、タイの水害を始め天変地異の災い多発の年であった。

来年もまた、僕は宮城県をレンタカーを借りて見て来ようと思っている。

東北地方の春到来は遅いのだろうが、彼の地にも僅かにその息吹が感じられる頃、行って来ようと考え始めている。

毎年お世話になっていた鳴子温泉郷の湯治宿は、昨年、宮城県で被災された方々の避難先にもなっていたのですが、もう既に仮設住宅に引っ越しされた方も多いのでは・・・。

仮設住宅の全てにお風呂の設備があるのかは知りませんが、慣れない生活が多々ある中で、行政は「被災者が暖かく寛げる冬」の一点に知恵を絞って欲しいと思う。

来年の東北紀行は、心を新たにして見聞を広める・・・そんな旅にしたいと思っているのだが・・・。

嗚呼 新しい春の到来が待ち遠しいnote

~~~~~~~~

↓ 春を待つ我が家のパンジー達

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2011年12月20日 (火)

悔いのない人生

数年前になりますが、緩和医療医として著名な大津秀一先生の講演を聴く機会がありました。

大津医師は在宅診療所や緩和ケア病院に勤務されながら、長年がん患者の終末期医療に携わって来られた方です。

心身の苦痛と闘いながら緩和医にその苦痛を取り除いてもらいつつ、いよいよ死期の近いことを悟り始めた患者が...ふと漏らす一言ひと言...
それは自らが歩んできた、今となっては戻ることの出来ない人生一つ一つについての後悔の言葉が殆んどだと云うのです。

「人生をどう終えるか」

今日(12月20日)の読売朝刊に大津医師の或る対談記事が掲載されていました。
これは読書の楽しさを伝える対談シリーズとやらで、その中での一部をご紹介します。

『死ぬときに後悔すること25』という本は、大津秀一さんが多くの終末期のがん患者を診療し見てきた具体例が書かれているそうです。
(残念ながら私は講演会で伺っただけで、この本はまだ読んでいません。)

大津医師はがん患者が終末期に及んで吐露する “後悔” に接して、診て来た体験を通しておっしゃいます。。。 後悔減らして生きよう と。。。

" ピアニストになりたかった "というピアノ好きの女性患者が病棟で演奏会を行い、他の患者を感涙させたという実話...(夢が叶って良かったです  ^O^/note )

終末期状態の患者が死期に及んで後悔した25項目を大津医師は次の様に纏められました。

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どの項目が当てはまるかは人それぞれなのですが、この中には、今となっては如何ともし難い事もあれば・・・、今まだまだ...健康で元気なうちに...実行しておけば・・・後悔を減らして生きて行くことが出来るのです。

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僕には今、これからでも充分間に合うし、是非これから先やって置きたいと心掛けている事がある。

項目3:生前の意思を示しておく事。

項目5:自分のやりたいことをやる事。

項目14:美味しいものを食べておく事。

項目16:行きたい場所に旅行する事。

項目17:会いたい人に会っておく事。

項目18:記憶に残る恋愛をする事。

項目24:神仏の教えを知る事。

項目25:愛する人に「ありがとう」と伝える事。 

(僕には「ありがとう」と感謝しなけれならない大勢の人達がいる...妻子・弟妹は勿論、いつも陰になり日向になり励まし治療に当たってくれた医療関係の方々、友人、知人、見知らぬ方たち・・・に対して)

僕はその様な最期の日に臨んで、意識の全てを集中して心からのお礼を云いたいと思うし、悔いなく過ごせた命を愛おしみながら お別れしたいものだと思うのである。

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==== おっと、忘れるところだった。。。 大津秀一先生の推薦図書 gawk === 

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この中で僕が読んでみたいと思うのは「100万回生きたねこ」だけど、さて 皆さんは?

いつも偉そうな事を云ってる割には、僕は本を読まないから...読後感想も書けゃしない。 sweat02

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2011年12月10日 (土)

ウォーミングアップ

...と云っても、僕の場合は...たかだか風邪を引いて寝込んでいた僅か4週間のブランクを軽く準備体操でほぐそうという程度のモノ...

プロ野球の選手が長いシーズンオフの後、ブランクを取り戻そうと厳しい本番に向けて準備体操を始めるのとは訳が違うので恥ずかしいのだが。。。

でも僕にとっては、上咽頭がんの後遺症を彷彿させる(いいえ、後遺症そのものと云っても良いかも知れない)・・・「たかが風邪 されど風邪」だったのだよ。

僕の「ウォーミングアップ」(準備体操)とは ↓ コレである。 

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小庭の花たちを「撮りまくる」事である。。。 ι(´Д`υ)

身も心も不調な折に、僕にとってパワーアップとなる取り急ぎの妙薬が花たちとの接触であるから。

カゼが完全に治り切っていない後だけに、大事を取って日差しが温かく感じる昼の時間帯に小庭に出てみた。
おや?...ひょっとしたら早朝...、今年初めての霜が降りたのかも?と思われるような気配が小庭に漂っていた。

霜が降りてもビクともしない赤と青の「アネモネ」が、二輪 逞しく咲き始めようとしていた。

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右前方の新築のお宅も地鎮祭から半年を経て、漸く外壁工事が急ピッチで進んでいる模様。
(先の地震を念頭に置いた強固な耐震構造になっているのに加えて、井戸まで掘っておったのだ。。。てつは、しっかり見ておったぞ!)

年内に引っ越して来られるのだろう。

そう云えば今年も残りあと僅か・・・ 僕も何時までもこうしてはいられない。

いつまでも寝込んでいられない・・・も少し「リキ」入れて様々にウォーミングアップを始めようと思う・・・

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