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2009年4月

2009年4月29日 (水)

祝日

4月29日。
今日は「昭和の日」です。

ご存知のように、元もとは昭和天皇の誕生日で「天皇誕生日」と云われていたものですね。
昭和天皇崩御の後、平成元年からは「みどりの日」として親しまれてきましたが、平成17年の祝日法改正によって平成19年から「昭和の日」となりました。
と同時に5月4日を「みどりの日」として祝日扱いにし、大型連休が楽しめるようになったのです。
・・・・・ up 調べましたあ~! ・・・・・ (*^.^*)

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祝祭日が好天気に恵まれた時、僕は国旗を掲げてその日を喜こびます。
青空に向かって翻る白地に赤い日の丸をとても美しいと思って見ています。

僕が住むこの地区では早くも田植えが始まりました。
「4月 桜の美しさ」 に続いて 「5月 早苗の美しさ」 を見ていると、つくづく日本に生まれてきて良かったなと思います。

最近の日本の有態を見ていると、いろいろな面で「ほころび」ばかりが目に付きます。
これが ″日本か? ″と、気が滅入るほどの事件があるかと思えば、日本人として慎ましくあった心の結び目に、今まで考えられなかったような精神の綻びが生じて(まるで豚インフルエンザが蔓延するかのように)それが日常的に日本全土に広がりを見せてくるようになってきました。
(何と云うのか、日本人らしからぬ精神風土がはびこってきたというのかな?、、)

・・・・・・・・
多くの要因が考えられますが、でも僕は日本を信じています。
日本らしさや日本人らしさは、(取り戻すことに時間は掛かるとは思いますが) 性根は決して失われることはないと確信しています。

・・・・・・・・また話が脱線しようとしています・・・・・・・・ (;;;´Д`)

5月の連休はお百姓さんが大忙しです。
古来から、日本の「水田の美」 と 「食文化」 を担ってきた人達に感謝したいと思います。

これから始まる 「日本全国果てしなく広がる田んぼの美しさ」 を今年もまた堪能出来そうで、あり難く感謝したいと思います。

新緑の候、薄みどりが水に映える田植えが今年もいよいよ始まりました。

日本 ばんさい。 \^O^

 

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2009年4月28日 (火)

季節 移ろいて

あぁ・・・もうすぐですね。もう間もなく・・・ここにもやって来ますよ。note

3月半ば頃からでしょうか、こうして日本列島のあちこちから待ちわびの声があがっていました。

その 桜前線 cherryblossomcherryblossomcherryblossom も本州北端の青森を過ぎて、やっと北海道の入り口に到達しました。

4月26日 青森では季節はずれの雪が降り、美しく趣きを変えた満開のソメイヨシノが人々の目を楽しませたようですね。

そして北海道。。。北海道 と言っても デッカイどう!。。。
函館は本日開花した模様ですよ。happy01
続いて札幌周辺が5月初旬(ゴールデンウィーク)
釧路・根室・稚内と更に北上するのが5月中旬から下旬に掛けてというのですから、本当に皆さん待ち遠しいですねえー。

僕は北海道の桜を一度でいいから見てみたいですぅ。
雪を頂いた山々に「ソメイヨシノ」「エゾヤマザクラ」「八重桜」が見事に映えた雄大な美しさを思い浮かべます。
僕はさくら前線なら「追っかけ」してもいいと思っているオジサンですが、暇はあってもお金がありましぇん。think

・・・今年もまた僕は行く春の名残りを惜しんでいるのでございます。・・・ ゚゚(´O`)°゚

・・・小庭の 「蘇芳・チューリップの花」 も既に散って形は無く、寂しかとです。・・・

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昨今、数日続いた冷えや風雨ですっかり面影を落としてしまったチューリップ達。
赤と黄色が今、大きな輝きを魅せ終えようとしている内面を美しく撮ってあげました。
まだ生き生きした花芯を守るかのようにうっすらと艶を見せる花弁の内側でしたが、爛漫の春の終わりを感じ取っているかのようでもありました。

・・・・・・・・

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先日、クチナシの苗木 upwardright を買ってきました。
チューリップが葉や茎(右端)だけになってしまうし、蘇芳の花だって地面をピンクに色どるようになってきましたから。

もう春は遠く離れていったのかもしれません。
そして、薫風かおる新緑の時節を直ぐそこに感じるようになりました。

今は新緑の葉のみが薫るかのように幼いクチナシの苗木ですが、やがて6月~7月にもなると、白い八重咲きの花を付けたあの吸い込まれそうな芳潤な匂いが通りすがりの人を虜にするはずです。
もちろん僕も囚われの身となって酔い痺れるのです。 (*´ェ`*)

・・・・・・・・

5月5日は「立夏」です。
緑の中を青空の中を鯉のぼりが思いっきり薫風を吸い込んで大きく泳ぎます。

これから春を待つ北海道の皆様方には申し訳ありませんが、一足お先に青葉・若葉に囲まれて暫し浮かれてみたいと思います。

それでは「テンプレート」よ、から新緑に替われsign03

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2009年4月19日 (日)

映画 「おくりびと」を見て。

“ 葬儀の前に遺体を整え、お棺に納める仕事に飛び込んだのは生活のためでしたが、多くの死に立ち会って大切なことを学びました。
「生きる」ことと同時に、「死に向き合うこと」がいかに重要か気付かされたからです。
これを若い人たちに伝えることが、今の私の仕事です。”

これは ↑ 昨日の読売新聞朝刊 ″長寿革命 ″というコラムで紹介された 青木新門 さんの話です。
青木さんは映画「おくりびと」の原作者でもあり、納棺師の仕事にも携わってこられた方です。

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先日、「おくりびと」を見てきました。
今年2月 外国語映画賞部門でアカデミー賞を受賞した優れた映画でした。
(私が住む地域では一昨日まで上映されていましたが、皆さんご覧になりましたか?)

あらすじを少しだけ・・・down・・・

・・・チェロ演奏家としての夢が挫折した主人公の大悟(本木雅弘)は失意のうちに妻の美香(広末涼子)を連れて郷里 山形庄内の地に帰ります。
ある日大悟は “ 旅のお手伝いをしませんか? ” という募集広告に目が止まります。
てっきり旅行会社の添乗員かその類いの仕事だろうと思った大悟は、さっそく面接を受けに出かけました。
ところが ″旅のお手伝い ″ではなく ″安らかに旅立つ人へのお手伝い ″だったのです。

大悟は妻に仕事の内容をひたすら隠し、多くの葛藤や恥辱・辛酸を舐めながら次第に納棺師としての仕事に価値を見出して行きます。

遺族が見守る中、まるで生きているかのように美しく清く旅立ちの姿を整えていく「おくりびと」の姿が美しい安らかな死者の姿と一体化していくかのようで、何か仏教の教えにある安らぎや慈悲を感じる思いで涙が頬を伝わり落ちました。

[ 人が生きるとは? 人が死ぬとは?] どういうことなのか。
考えさせられる映画でした。

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いろいろな視点からこの映画を味わう事ができると思いますが、僕が「すばらしい!」と感じたのはロケ地の美しさです。
それは単に風光明媚だからと云う事ではなく、かつて幼少時に遊んだ川原で大悟が 「父親と ″小石 ″を拾い、交換し合う場面」や「父親に教わったクラッシックの名曲をチェロで奏でる」大悟の美しい追憶シーンに見ごたえを感じたからです。

父親は幼少時の大悟にチェロを教え込んだようです。
そのチェロとクラシックレコードの数々を残して母親と自分を捨てた父親に、激しい憎悪の気持ちを持って成長してきたようです。
映画の結末は、その大悟が父の旅立ちに憎しみを越えて「おくりびと」としての務めを粛々と取りおこなうと・・・館内のあちこちからすすり泣きが聞こえてきまして、もう・・・ crying ・・・、 しかも・・・父親の傍にはあの時親父に渡した小石が置いてありまして、いやぁー、もう・・・大悟はそれを見つけて・・・自分を見捨てた親父の愛を始めて知って、泣きます・・・父親への憎悪が消えた瞬間です・・・。

「 人を看取る時、看取られる時 」・・・・・・・・
人には生きている間に互いに持った何かしらの愛憎があって、それを生きている間に解決できないまま、多くの人と別れなければなりません。
悲しい事です。
どんな場合にも ″コンチクショウ ″で別れるより、生前どんな事があったにせよ ″ありがとう ″で別れたいものだと殊勝に思うのですが、心底から人を許せる様になれる状況とはどのような時なのでしょうか?、、、考えさせられる映画でもありました。

・・・・・・・・

墓参りに行くと通りすがりに他所のお宅のお墓を目にする事があります。
お墓には亡くなられた方の生前を偲んだ墓石、墓標、墓誌、、、などが種々あります。
中に、「やすらかに」 「夢」 「旅立ち」 「ありがとう」 といった文字だけが彫られたお墓がありますね。
僕は月に一度ですが、霊園にある両親の墓に掃除を兼ねてお参りに行きます。
墓地にいると心に「休めモード」が灯って、何者かに豊かに抱擁されている気持ちになります。
そんな時に、僕は何となく許されているような気持ちになって安心するのです。
″今日は草むしりに来ただけなのに、来て良かったな " みたいな感じです。

(映画の話からだんだん脱線して行ってることは意識しております。。。)

そうそう。
墓石ではありませんが、「碑(いしぶみ)」とか「石文(いしぶみ)」というのがありますね。
「おくりびと」の映画の中で父子が交換しあう「小石」が「石文」だったかどうかは分かりませんが、、、
実は、僕は小石が大好きでして、綺麗な水が流れている川原で気に入ったものがあれば必ず拾ってくるのです。
だからポンコツ車の中は石だらけの時があります。

石は大好きです。
エネルギーが沢山詰まっているような気がするし、形状や色には一つとして同じものが無く綺麗ですから。note

拾ってきた小石は何に使うのかって?・・・
もし時間がおありでしたら、「続き」をお読み下さい。

続きを読む "映画 「おくりびと」を見て。"

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2009年4月16日 (木)

再び チューリップ

小宅の狭い箱庭で時の花と云えば、やはりチューリップです。
その表情の美を幾つか捉えてみました。

downwardright 黙って口を閉ざすチューリップがいれば、何気なく語りかけてきそうなチューリップもいます。

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こちらは downwardright 微笑んでいるのが分かります。

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こちら downwardright 大きな口を開けて笑っています。

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内心では down 競争心むき出しなのかも知れましぇん。 ( ^ω^)おっおっおっ

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down こちら、 ・・・ン!・・・派閥を作ってはいけませんぞ。

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今年は100球ほどのチューリップが花を付ける見込みでした。
でもいかなる理由かは知りませんが、そのうち約1割が開花しませんでした。

植物だって生き物です。
自分が生き残るためには根を深く広く蔓延らせて他の生育を妨げようとしているさまが良く分かります。

僕なんかは比較的単純な男ですから、「花は純真で嘘はつかないし、いつも綺麗で可憐な表情が心を癒してくれる」等と絶賛するのですが、“人の目を楽しませてくれる”見た目に美しい花にも花としてのつらい世界があるのかもしれません。

もし花たちもまたその様な訳ありの人生、いや・・・花生を生きているとすれば、その事が又たまらない愛おしさとなって僕の心を打つのです。

嗚呼・・・花の命は短くて儚くて・・・美しくも切ない人の命に似たり。

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2009年4月14日 (火)

蘇芳の花が今年も・・・

見ごろを迎えました。 happy01

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狭くて小さな庭に今年も「蘇芳の花」が咲きました。
↑ 辞書にも書いてありますように、黒味を帯びた紅色の花です。

今日のこの地方、午前中は柔らかい陽が差していました。
午後からは雨となりましたがその雨も冷たさは感じられず、むしろ暖かい霧雨に見舞われて美しく咲き揃った・・・その様な感じの我が家の「蘇芳の花」でした。

春に降る雨までもが、“美しく優しく”.....「 咲く 」という感じなのでしょうかねえ・・・。

雛菊     : ″月様、雨が・・・ ″
月形半平太: ″春雨じゃ。濡れてまいろう・・・ ″

なんだか、このような会話にも似合いそうな「蘇芳の花」です。

ありゃりゃ・・・蘇芳の花の色って微妙に綺麗で、表現が難しいぞ。 Σ(゚□゚(゚□゚*)

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画像 upwardright  手前の「蘇芳」の先、、、黄色いチューリップの頭上で枯れて見える木が昨日お話しした「海棠」です。

毎年この時季になると、「蘇芳」と「海棠」は美しさを競い合っていました。
道路沿いにある数少ない花木の中で、正に春場所における両横綱の風格がありました。

今年は「蘇芳の花」が独りで頑張ってくれています。
お庭番としての務めを疎かにしたばっかりに「海棠」には申し訳ないことをしてしまいました。(完治は困難だと聞いています。crying

・・・・・・・・

てつのつぶやき

人の心も花の心も同じであろう。
僕は病を得て、花を愛するようになっても、皆無に等しい「気付き」の無さを痛感するばかりだ。

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2009年4月13日 (月)

海棠の花が今年は...

・・・咲かないのです。 全く一片として咲きません。
咲かなくなってしまった理由ははっきりしています。。。私の不注意、怠慢に因ります。

花木の中で私が一番好き。。。と云っても良い「 海棠の花 」がこのような形状になってしまって、いま私は、春先からずーっと悲嘆に暮れた日々を過ごしています。(u_u。)

私と「海棠」との出会いは、時の流れは早いもので.....もう20数年も前のことになります。
私は狭いながらもこの田舎町に居を構えて一国一城の主となり、記念樹として植えたのがこの「海棠」の木なのでした。

海棠の異変の事でボクのアタマもチョイ変?・・・ こんな事 口走るなんて ・・・ coldsweats02

『自分』は8世紀半ばの中国 あの唐の時代を波乱万丈に生き抜いた「玄宗皇帝の生まれ変わり」ではなかろうか?・・・と、あはは・・・時々、、想ったりするのです。 ( ´_ゝ`)

・・・・・さて、この昔話は後回しにして、、枯れた海棠の話に戻りましょう。・・・・・

Photo_2← 花を付けなくなった可哀想な海棠の木です。

本当はアップしたくないのですが、まだ完全に枯れてしまった訳でもないと思うし、私の手で何とか養生をして、来年のこの時期にもう一度蘇って欲しいとの願いを込めて掲載しました。
(涙そうそう)

小枝にはまだ弾力が残っていますし、折って見ても微かに息づいているような感じを受けます。
1月末の寒い朝でしたが、蕾みがいくつも氷の結晶に覆われていたことがありました。
その頃、もう既に何かしらの苦痛があって辛さを訴えていたのではないかと思うと、それに気付いてやれなかった自分が情けなく後悔の日々なのです。

道路沿いに在って道行く人たちにも愛でられていた我が家の自慢の海棠でした。

いま海棠の木の下では、こうして昨年と同じようにチューリップが咲いているだけとなりました。

いつも海棠の花の方がチューリップよりも先に散ってしまいます。
咲き誇るチューリップたちの傍で海棠のピンクの花びらが舞い落ちる様子は、本当に玄宗皇帝が愛した「楊貴妃」の涙そのものに違いないと、私はいつも玄宗の気持ちで見ていました。

玄宗は海棠の花が事のほか気に入っていたようです。
それは、寵愛した楊貴妃の美しさを海棠の花に例えた程ですから。heart04
 手元の辞書(広辞苑)downにこのように書いてあります。

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雨に打たれた楊貴妃の涙 ↑ は、 ″しおらしい ″(昨年の海棠の花

Photo_4

↑ いずれも昨年の映像。
今年は黄色いチューリップだけが同じ場所で咲いています。

いま私の傍では・・・あの麗しい楊貴妃の佇まいを見ることも叶わず、愛おしい妃の涙すらも見ること無く、枯れた「海棠」に万感の想いを寄せて・・・私は涙するだけなのです。

  

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2009年4月 8日 (水)

チューリップが今年も,,,

咲きました。。。 咲いた、咲いた、チューリップの花が。
色とりどりに...赤...白...黄色...。 並んだ、並んだ、チューリップの花が。  

お日様の下、どの花見ても綺麗だなあ。 sun   note note

Photo

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美しい花の魅力には誰だって敵いません 。
downwardright クモ だってかないません。
Photo_3

Photo_5

ではまた。。。

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2009年4月 7日 (火)

桜貝を探しに・・・?

昨日は陶芸の町として有名な笠間市に行って来ました。

四方を小高い山々に囲まれたゆったりとした地形と水や自然の美しさに魅かれて以来、僕はこの地を頻繁に訪れるようになりました。
それは確か二つ目の病を罹患した直後からですから、もう5~6年も前になります。

・・・・・・・・さて、タイトルの 桜貝 の事なのですが、、・・・・・・・・

山間に静かに佇むこの町に、砂浜のさざ波が良く似合うあの「可憐な桜貝」があるとは誰も思わないはずです。
でも、僕はこの山あいに「桜貝」の所在を訪ね歩いてきたのです。

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「笠間工芸の丘」をはじめ、近辺の窯元を行ったり来たりしながら探し回りました。
一枚の「桜貝」の写真を持って、“ この作品の作家をご存じないですか?”と、何軒も何軒も訪ね回りました。

Photo_3

これこそ ↑ (かれこれ5年前になるのでしょうか)僕が初めてこの町の陶芸店で買い求めた「桜貝の片口」なのです。
酒器としてではなく、茶器の片口として「湯冷まし」用に手に入れたお気に入りの一品なのでした。

僕は毎朝の歯磨き・洗顔の後、緑茶を飲む事をささやかな楽しみにしています。
食事前の早朝、今日もまた生かされて在ることの幸せに感謝しながら、ゆったりと至福の時を過ごします。

ポットから注ぐ湯を適温に冷ましてくれるこの片口。
それは大事な一日の始まりになる大切なこの「時」に、いつも傍にいてくれる掛け替えの無い存在でした。

毎日毎日の事でしたので、この茶器にはとても愛着がありました。

その優雅な花びらや朦朧とした桜色への淡い思いが、緑茶の香りと共にいつしか僕の心にまで沁み込んで行ったのでしょう、、、
自らの不注意とは云え破損してしまった宝物を前にして、言葉が出ないほどのショックを受けました。
ご覧下さい。 映像の右側を。。shock  接着剤で取り繕った欠けた桜貝!。。。 

(・・片口の類は幾つも展示されていたが、どうしても同じものでなければイヤだ・・)

・・・・・・・・

毎年の事なのですが、4月29日からゴールデンウイークの間に「笠間陶炎祭(かさまひまつり)」という陶芸市が開催されます。

今回訪ねたある陶芸店のご主人からは、″この期間中であれば、笠間焼の陶芸家や作家が多く顔を見せるので是非その機会に探してみては・・・ ″との助言を頂戴しました。
そして更にこんな事を話してくれました。
″「桜貝の片口」にそれほどまでに愛着を感じた客からこれ程までに探し求められるとは、本当に作家冥利に尽きる。その作家はとても喜ぶと思いますよ ″だって。

・・・・・・・・

「この話の続き」と「笠間陶炎祭の事」や「笠間市の魅力」等についてはゴールデンウィークが終わった頃、再びお話出来ればいいなあと思っています。

・・・それにしても...それにしても・・・

heartheartheart さくら貝 に恋してしまったオジサンよっ。 アンタ だいじょうぶか~sign02 

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